累風庵閑日録

本と日常の徒然

『一本足のガチョウの秘密』 F・グルーバー 論創社

●『一本足のガチョウの秘密』 F・グルーバー 論創社 読了。

 ガチョウの形をした貯金箱の争奪戦と、失踪人探しの物語とが並行して語られる。いつものジョニー&サムシリーズである。サクサク読めてお気楽で、ミステリの興味は薄い。お馴染みの軽快な味わいを楽しみながら、さっと読んでさっと忘れてしまえばよろしい。

『ブロードウェイの探偵犬』 小鷹信光編 大和書房

●『ブロードウェイの探偵犬』 小鷹信光編 大和書房 読了。

 副題は「犬ミステリ傑作選」である。粒揃いでレベルの高いアンソロジーであった。出来栄え上々、味わい様々な作品が並ぶ。切れ味で読ませるもの、少ない分量にきっちり伏線を仕込んでいるもの、結末の捻りが秀逸なもの。バラエティに富んで飽きずにぐいぐい読める。ほぼ全ての収録作が気に入ったので、個別の作品名は挙げないでおく。

●書店に寄って本を買う。
『神様のたまご』 稲葉白菟 文春文庫

『九時から五時までの男』 S・エリン ハヤカワ文庫

●『九時から五時までの男』 S・エリン ハヤカワ文庫 読了。

 ご機嫌な短編集。じわじわと不穏な空気を高めていったあげく、安全で明瞭な着地点を描かないまま、読者に想像を委ねて終わる。最後にぱっとひっくり返してアッと驚きスカッと爽快、ってな作風ではないので、読んでいてどうも疲れる。

 個人的ベストは「不当な疑惑」であった。扱われているアイデアに感心するし、幕切れも上出来。次点は結末が光る「七つの大徳」。他に気に入ったのは、(伏字)が物語の後に続く「ブレッシントン計画」、不穏な空気の醸成ぶりが突出している「ロバート」、題名から連想するサラリーマン像が大きく逸脱してゆく表題作「九時から五時までの男」といったところ。

 篤い信仰心だとか、なくてはならない大事な仕事だとかの隙間から、生々しい人間味がふと漏れ出てしまう「神様の思し召し」と「伜の質問」も秀逸。

『善人は二度、牙を剥く』 B・コッブ 論創社

●『善人は二度、牙を剥く』 B・コッブ 論創社 読了。

 登場人物の魅力で読ませる作品。主人公アーミテージ巡査部長が、なんとも人間味があっていい感じ。いろいろと軽率で、つまらぬプライドに固執し、事件解明のために無闇に突っ走ってあたふたする。その奮闘ぶりがユーモアを交えて描かれる。婚約者で優秀な警官でもあるパルグレーヴ巡査部長とのやりとりからも、その憎めない人柄がにじみ出ている。

 犯人はなんとなく想像が付いて、その点では意外性は感じなかった。だが、事件の全体像は予想外で気に入った。こういう(伏字)は好ましい。

 ところで、題名に使われている「剥く」は正確な表記ではない。だが、正しい文字は環境依存だということなので、やむを得ずこちらを使った。

●三日前に、直販をお願いしている本が届いた。
『善人は二度、牙を剥く』 B・コッブ 論創社
『一本足のガチョウの秘密』 F・グルーバー 論創社

 入手した本をすぐさま読むなんて、珍しいことである。

『仁木兄妹長編全集1 夏・秋の巻』 仁木悦子 出版芸術社

●『仁木兄妹長編全集1 夏・秋の巻』 仁木悦子 出版芸術社 読了。

 長編が二編収録されている。

「猫は知っていた」
 数十年ぶりの再読である。当然内容はすっかり忘れており、まっさらの状態で読んだ。引っ掛かる点がひとつ。事件の背景を成すある情報が、(伏字)ことに依存しているのだ。もっともこれは私の好みの話で、作品の質の話ではない。

 事件を支えるある仕掛けは、そんなに上手いこといくのか? と思ってしまった。だがこれも作中でそれなりの描写が重ねられているので、あまり気にすることではない。上手くいったから事件が成立したと思えばよろしい。

 それ以外は、全般として満足である。伏線が多く、ロジックの興味もある。隠されていた背景や人間関係が、じわじわと明らかになってゆく面白さもある。特に以下のふたつの展開はなかなか感心した。ひとつ。序盤と終盤とそれぞれ独立した些細な記述が、組み合わせることで重要な意味を持つ。もうひとつ。犯人ではない第三者の事件とは無関係な行動が、殺人へと波及してしまう。

「林の中の家」
 五つの家の大勢の人々が、過去から現在に渡って複雑に絡み合う。新たな情報が出てくる度に、物語の焦点がある家から別の家へと、ある人物から別の人物へと、時々刻々移り変わってゆく。ちょっとした脇役だと思っていた人物が、ある瞬間重要人物となって立ち上がってくる。読みながら私が連想したのは、ロス・マクドナルドであった。

 それはそうと、全体はずいぶん読むのがしんどかった。読了しての感想もどちらかといえばネガティブ寄りである。否定的な文章を公開してもしょうがないので、この項はこれだけ。(以下、段落ひとつ分非公開)ただ、全体が練り込まれており伏線が多く仕込まれていることにはずいぶん感心した。冒頭のシーンの位置付けも上出来である。

●すごく久しぶりに、ブックオフで本を買う。
『やさしい小さな手』 L・ブロック ハヤカワ文庫
 先日読んだローレンス・ブロックのスカダーシリーズには、短編がいくつかある。そのほとんどは二見書房『石をはなつとき』に収録されているのだが、一編だけ例外がある。その一編「ブッチャーとのデート」が収録されている本である。

 ところでこの本、ブックオフのネットショップで注文して店頭で受け取ってきた。わざわざこちらから店に出向く手間はあるが、送料がかからないというメリットの方が大きい。この方式は気に入った。

『すべては死にゆく』 L・ブロック 二見書房

●『すべては死にゆく』 L・ブロック 二見書房 読了。

 序盤は、ふたつの物語がほぼ並行して語られる。ひとつは、スカダーの一人称による人探しの物語。私立探偵小説の定番である。もうひとつは、三人称で語られるある心理学者の物語。彼は、刑執行直前の死刑囚のもとへ何度も通って会話を積み重ねる。だがこの人物、どことなく胡散臭い。

 中盤になって主たる題材が見えてくると、私立探偵小説というより犯罪小説の色が濃くなってゆく。扱われている犯罪がなかなかにエグく、ハードな物語である。全般的に会話が面白く展開が速く、いつくか仕掛けられている捻りのおかげもあってぐいぐい読めた。特に、(伏字)だったという意外さは気に入った。

 マット・スカダーシリーズで唯一、文庫になっていない作品である。新刊の時は、文庫になるまで待つつもりだった。ところがいつまで経っても文庫化されず。このままでは作品自体読めなくなると思って、古本で買った。それももう五年も前の話である。ところでこの作品、巻末の訳者あとがきでも記されているように、前作「死への祈り」と併せて前後編となっている。こちらだけ文庫になっていないのはどうもバランスが欠ける気がするのだが、惜しいことである。

戦艦金剛

出版芸術社の仁木兄妹長編全集第一巻から、前半の「猫は知っていた」を読んだ。感想は通読してから。

●書店に出かけて本を買う。
『スリー・カード・マーダー』 J・L・ブラックハースト 創元推理文庫

●注文していた本が届いた。
『戦艦金剛』 蒼社廉三 大陸書館

●今月の総括。
買った本:十一冊
読んだ本:十一冊

『一角獣・多角獣』 T・スタージョン 早川書房

●『一角獣・多角獣』 T・スタージョン 早川書房 読了。

 新装版異色作家短編集の第三巻である。「孤独の円盤」の、円盤の由来についてのアイデアには感心した。「考え方」の、描かれていない背景の物語を想像すると凄まじいものがある。他に気に入った作品をコメントなしで挙げると、「熊人形」、「ビアンカの手」、「ふわふわちゃん」、「監房ともだち」ってなところ。

 収録作のベストは「死ね、名演奏家、死ね」であった。作中で扱われる、才能を持った者に対する凡人の嫉妬には身につまされるものがある。もうひとつ、この作品で扱われる重要なテーマがある。表現者は、その表現を愛する者がいる限り永遠に死なないのだ。

『新聞記者スミス』 ウッドハウス 改造社

●『新聞記者スミス』 ウッドハウス 改造社 読了。

 昭和六年に刊行された、世界大衆文学全集第七十二巻である。穏健で凡庸でご家庭向けだった新聞が、編集長の交代によって突如方針を大転換し、社会問題を扱うようになった。貧困層向け住宅の環境改善を、広く世間に訴えたのである。物件の所有者としては、住み心地をよくするなんてのは余計な出費が必要だから面白くない。そこで裏社会の勢力に、新聞社に圧力をかけるよう依頼した。ギャングと新聞記者との闘争が始まる。

 ウッドハウスには珍しく、コメディ要素が少ない作品である。だがシリアスな犯罪小説になっていないのは、主人公スミスの造形が大きく影響している。とにかく陽性で饒舌なスミス君のおかげで、物語の雰囲気は明るい。そして、偶然を縦横に駆使してスピーディーに物語を転がしていく技量は、これはやっぱりウッドハウスであった。

 短編が二編、併せて収録されている。シオドア・ドライザー「私刑」は、黒人に法の裁きを受けさせようとする保安官と、捕まえてリンチで殺してしまおうとする住民達との対立を、取材しに来た新聞記者の視点で描く。アーノルド・ベネット「何故時計がとまったか」は、他愛ない恋愛コント。

●書店に寄って本を買う。
『ウナギの罠』 J・エクストレム 扶桑社ミステリー
『幽霊を信じますか?』 R・アーサー 扶桑社ミステリー

●出版社からの直販本が届いた。
『諏訪未亡人/猪狩殺人事件』 日下三蔵編 春陽堂書店
 横溝正史が関わった連作がこうやって本にまとまるのは素晴らしい。偉業と言っていい。

『虚空から現れた死』 C・ロースン 原書房

●『虚空から現れた死』 C・ロースン 原書房 読了。

 中編が二編収録されている。どちらも作風は同じようなもので、怪奇趣味と不可能興味とがぎゅうぎゅうに詰め込まれた物語が、のっけからアクセルベタ踏みのフルスピードで突っ走る。空を飛ぶコウモリ男、霊界から蘇った十五世紀の殺人鬼、透明人間。ビルの高層階からの人間消失、金庫の中の宝石盗難、警察本部での密室殺人。派手で、スピーディーで、突拍子もない。いやはやどうも、大変なものである。これだけ濃いと胸焼けしてしまう。一編読んで中断して、間に別の本を挟んで口直しをしないと通読できなかった。

 解決は(伏字)だったりして、ずっこけ気味。そりゃあ、そういう落とし所にするしかないであろう。まるで乱歩の少年探偵団シリーズを読んでいるようだ。ただ、第二話「見えない死」の犯人設定にはちょっと感心したし、付随する(伏字)ネタも気に入った。