累風庵閑日録

本と日常の徒然

正を中断

●今月の総括。
買った本:九冊
読んだ本:十冊
十一冊目を読む時間だけはあったのだが、フィクションをきっちり受け入れて楽しむための気力がなかった。

●論創ミステリ叢書の西尾正第二巻を読んでいる。先日読んだ第一巻で既に分かっていたことだが、どうもこの、ねっとりとした書きっぷりは性に合わない。四割ほど読み進めて、しんどくなってきた。このまま通読するか、それとも中断して別の本を手に取るか、それは明日の朝の気分で決めることにする。

不木を中断

●今日はジムに行く予定だったが、どうにも気持ちが乗らず、とうとうサボってしまった。ジム通いを再開した六月以降、初めてのことである。いかんいかん。

小酒井不木を読んでいる。長編と複数の短編とが収録されている本だが、短編部分を読み終えるとなんだかひと区切りついた気分になった。ここでこの本は中断する。

『はらぺこ犬の秘密』 F・グルーバー 論創社

●『はらぺこ犬の秘密』 F・グルーバー 論創社 読了。

 ある証言によって、事件にまつわる裏面の状況がパッと見える展開にはちょっと感心した。その証言をする人物が(伏字)だというのも、意外で面白い。全体の解明には至極あっさり片付けられている部分もあって、緻密なロジックの興味からは遠いけれども。

 ただ、ロジックが緻密でないから駄目だというわけじゃあない。そもそもこの作品の眼目は、スピーディーな展開とキャラクターの魅力とにあるのだろう。必死に金策のアイデアを絞り出して駆けずり回るジョニーの姿が、愉快軽快である。

 解決部分の扱いはこれでもう分かったし、前回読んだ『噂のレコード原盤の秘密』に続く二冊目にして、シリーズの魅力が少し見えてきた気がする。

「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」第三回

●午前中は野暮用。

●午後からは横溝プロジェクト「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」の第三回をやる。

◆「残りの一枚」 エフ・ヂ・ハースト(大正十四年『新青年増刊』)

 大富豪バーンスは、とある事情で甥ロバートに対して大変なご立腹。遺言状を書き換えて、甥には遺産が一文も渡らないようにするという。顧問弁護士によれば、バーンスが新規の遺言状に署名するのは三日後。それを聞いたロバートは、青ざめた顔で弁護士事務所を後にした。ところがその出来事の裏にはある陰謀が……

 この捻りは悪くないのだが、なにしろわずか五ページの小品で、あっという間に終わる。

◆「マハトマの魔術」バートン・ハーコート(大正十四年『新青年』)

 チベット魔術の使い手と自称するツリモータンと、その術を信じない有閑青年マロニーとの間で賭が行われた。複数の証人の前で魔術を実演できるかどうかが賭の対象である。やがて指定の期日になり、いよいよツリモータンの術が始まった。

 ツリモータンが想像以上にしたたかで、日本昔話の、狐に化かされる和尚/庄屋/猟師の話を読むような味わいがある。

 ところでこの作品で描かれた魔術は、横溝というよりは乱歩好みである。細い糸を伝い登って空中に消えた少年と、それを追いかけて同じく空中に消えた魔術師。やがて、空から少年のバラバラ死体が降ってくる。血塗れのナイフを咥えて降りてきた魔術師が、少年の体のパーツを鞄に詰め込むと、そこから元通りの少年が飛び出してきた。

 こういった術の展開は、以前何かで読んだような気がする。たとえば、妖しげな魔術師に化けた怪人二十面相が、少年探偵団を驚かすためにこんなシーンを演じてみせるなんざ、いかにもありそうなのだが。お立ち会いの諸賢に、心当たりの小説はございませんか?

『物しか書けなかった物書き』 R・トゥーイ 河出書房新社

●『物しか書けなかった物書き』 R・トゥーイ 河出書房新社 読了。

 奇妙奇天烈な作品揃いの、秀作短編集。普通のミステリ短篇ならば、意外な結末を鋭い切れ味で提示して、ストンと理に落ちるってパターンがよくある。ところが、本書に収録されている作品群は違うのだ。なんかもう想定外、規格外で、なんだこりゃ? という展開が読者を煙に巻く。意外さの質が違うとでもいうのか、どこかで何かがずれているのである。

 ベストは「オーハイで朝食を」であった。自動車事故の調査が進む過程で、ある瞬間全く突然に、見えてしまうグロテスクな真相。よくあるテーマと言えば言えるが、物事の意味が判明して世界が変貌するときの落差が読み所である。

 ハードボイルドミステリを題材にした「いやしい街を…」や、ハリウッド流アクション映画を題材にした「ハリウッド万歳」には、単なるパロディでは味わえない逸脱がある。「犯罪の傑作」も似たようなもので、犯罪捜査に取り組む警官の物語が、典型的な犯人捜しミステリの枠を軽々と飛び越えてしまう。

 その他、「おきまりの捜査」、「階段はこわい」、「拳銃つかい」、「墓場から出て」、「予定変更」といった作品がお気に入り。つまり、収録作の大半を気に入ったということである。

悪意の夜

●朝から病院。三ヶ月に一度の定期通院である。といっても薬を処方してしてもらうだけだから、お医者殿と向かい合っている時間は二分ほどしかないけれども。

●書店に寄って本を買う。
『悪意の夜』 H・マクロイ 創元推理文庫
マクロイも積ん読が大分溜まってきた。

『疑惑の銃声』 I・B・マイヤーズ 論創社

●『疑惑の銃声』 I・B・マイヤーズ 論創社 読了。

 これは凄い。その衝撃は、ミステリのネタだとかストーリーの捻りだとかとはまるで別次元である。この題材をこう扱うか、という嫌な嫌な味の驚きがある。約八十年前のアメリカの価値観が、むき出しのまま現代の読者に叩きつけられる。

 肝心なミステリとしての面白さだが、読んでいてどうも気持ちが盛り上がらない。その原因は探偵役の造形にある。劇作家ジャーニンガムが事件に取り組むそもそもの動機は、遺族にとって最も都合のいい結末を導くことにある。そのためには、証拠の隠蔽や嘘の証言もためらわない。ある専門家に手がかりの鑑定を依頼するが、なんとまあ、最初から自分の望む結論に沿った鑑定結果を要求するのである。「公平でいてほしいと頼んでいません」だと。自分の推理に合わせて手がかりを捻じ曲げる探偵なんざ、ミステリのパロディにしかならないではないか。

 ロジックの面白味には乏しく、結末は甚だ唐突。切れ味鋭い、と言いたいところだが、これって短編小説の書き方であるな。でもまあ結局のところ、様々な要素が納まるべきところに納まっている点は評価したい。とにもかくにも形は整えましたね、と。

 ところで第一作『殺人者はまだ来ない』に興味が出てきたのだが、あいにく持っていない。昔は古本屋で当たり前に見かけたものだが、なんとなく興味を感じずスルーしているうちに、入手できずじまいになってしまった。今から探しても、見つけるのにちょっと苦労するかもしれない。電子書籍になっているというから、紙の本での復刊も期待薄であろう。いやはや。

●二回しか使っていない「18きっぷ」を、チケットショップに持って行った。買取価格は六千円ちょい。上出来である。

人食いバラ

●取り寄せを依頼していた本が届いたというので、書店に寄って受け取ってきた。
『人食いバラ』 西條八十 戎光祥出版
「少年少女奇想ミステリ王国」の第一巻である。気になる今後のラインナップは、野村胡堂高垣眸、だそうで。

延々読書旅

●JRの「18きっぷ」を使って、延々電車に乗って延々本を読む旅、ってのに出かけてきた。行き先は特にはっきりとした理由もなく、近すぎず遠すぎずの場所として静岡県の清水を選んだ。

 本は論創海外の長編を手に取る。予想以上に順調に読書を進めつつ、十時過ぎに清水に到着。最初から最後まで読書ばかりだとさすがに味気ないので、観光のまねでもしてみようと、対岸の三保まで水上バスに乗って往復する。

 船は面白いし、海風は涼しくて気持ちいいし、富士山はよく見えるしで、実にいい気分である。三保の海岸の売店で、缶ビールを買ってベンチに腰を据え、海を眺めながら戻りの船の時刻までぼんやりする。こういう空白の時間も、しみじみと嬉しい。久しぶりに旅行らしい旅行に出かけたような気がする。

 三保から清水に戻ったのは昼頃。昼飯は港の観光市場食堂で海鮮丼でも、と思っていたけれども、どこもかしこも当然のように行列である。食事ごときで並ぶなんざ私の辞書にはないので、昼飯は駅のコンビニで買ったパンとお握りとで済ます。

 十三時過ぎの電車で帰路に就く。熱海に着く前に、今日はこのくらい読めればいいと思っていた所まで読み進めたので、もう本を閉じることにする。旅行中は飲んでいいルールなのでアルコールとちょっとしたつまみを買い、贅沢をして途中でグリーン車に乗り換え、飲みながらいい気分になる。まったく、今日はいい一日であった。

●二カ所から、お願いしていた本が届いた。
『スーザン・デアの事件簿』 エバーハート ヒラヤマ探偵文庫
『あやかしの裏通り』 P・アルテ 行舟文化

これらの取り組みは素晴らしい。今後も継続して欲しいものである。

『大庭武年探偵小説選II』 論創社

●『大庭武年探偵小説選II』 論創社 読了。

 やはり好みからいって、事件の謎とその解決とを主題とした作品の方が点数が高くなる。特に「歌姫失踪事件」は、走行中の自動車からの人間消失という不可能興味と気の利いた結末とで、収録作中のベスト。読者が真相に気付けるようには書かれていないけれども、執筆年代を考えればそれもやむを得ないだろう。

「カジノの殺人事件」は戯曲形式で、主要登場人物以外は名前がアルファベットで表されている。紳士A、紳士B、といった具合に。その中で、事件を解明する紳士にHの文字が割り当てられているのは、意味があると解釈したい。舞台は外国だし、「不可能な事情は淘汰していって、可能な一筋だけを残すのです」なんてな台詞を口にし、謎解きが得意で、イニシャルがHの人物と言えば……

 それ以外では、オチで勝負するタイプの「小盗児市場の殺人」も面白いし、艶笑コント一歩手前といった味わいの「タンヂーの口紅」も捨てがたい。