累風庵閑日録

本と日常の徒然

殺人仮装行列

●書店に寄って本を買う。
『殺人仮装行列』 山本周五郎 新潮文庫
作品社の全集が出た後に発見された作品が五編含まれているというから、これは買わないといけない。

国会図書館から、お願いしていたコピーが届いた。
「サムの真心」 マッカレー
「サムの禁煙」 マッカレー
「イヴの果物」 ブース
「ブリタニイの古城」 オルチー
「ひと夜の戯れ」 オルチー

横溝正史が手掛けた翻訳を読む」プロジェクトにからむネタである。

●注文していた古本が届いた。
『目撃者を捜せ!』 P・マガー 創元推理文庫
注文したのは二冊で届いたのも二冊なのだが、届いたもう一冊は注文していない『探偵を捜せ!』であった。先方の間違いである。その旨メールを出したところ、すぐに正しい注文本を発送するという。間違って送られてきた『探偵を捜せ!』は、「差し上げます」だそうで。あららら。

『ダイアルAを回せ』 J・リッチー 河出書房新社

●『ダイアルAを回せ』 J・リッチー 河出書房新社 読了。

 粒揃いの傑作短編集である。その面白さは、捻りとオチと切れ味にある。こう書くとなんともありきたりな表現だが、本書にはこれらの要素が実に高い水準で満ち満ちている。

 カーデュラものが三編、ターンバックル部長刑事ものとその姉妹編とが合わせて五編、そして非シリーズものが七編収録されている。どれもこれもゴキゲンな出来栄えなのだが、あえて順位を付けるなら非シリーズ作品を上位に置きたい。同一主人公という枠組みが無い分だけ、物語の転がりっぷりが奔放である。

『アリントン邸の怪事件』 M・イネス 論創社

●『アリントン邸の怪事件』 M・イネス 論創社 読了。

 なんともはや、悠々とした物語である。情景も人物の外見も作中で行われる催しの様子も、丁寧に描写が積み重ねられる。登場人物同士が会話を交わす場面も、実にゆったりとしたもので。ある発言があれば、聞いた者がその言葉で何を思ったか、はたまた発言者の内面や人間性をどのように推し量ったかが、その都度書き込まれる。

 早い段階で事件が起きるが、それが事故なのか犯罪なのか、どうにも掴み所の無いまま、物語はゆったりと進む。生来せっかちな私としては、ちとまどろっこしい。時間にも気持ちにもたっぷりとゆとりのある人が手に取れば、味読できるだろうよ。かすかな皮肉とどことなしに漂っているユーモアの味が、いかにもイギリスミステリらしい。

 解決部分は(伏字)たのだろう。キモとなるネタは、うん、これにはちょっと感心した。

 ところでこの本、長崎出版の海外ミステリGemコレクションの再刊だそうな。Gemコレクションはまだ一冊も手を付けていない。いつかそっちを読むときには、たぶん「アリントン~」は読まずにパスするだろう。

四人の女

●書店に寄って本を買う。
『四人の女』 P・マガー 創元推理文庫
最近気になり始めたパット・マガー。なんとなく書店を覗いたら新刊で売っていたので、買ってしまった。そしてついつい勢いで、未入手の二冊もネット古書店で注文した。

「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」第五回

●横溝プロジェクト「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」の第五回をやる。今回は途中で思わぬ事態が発覚したので、二編しか読めなかった。

◆「緑の紙片」 バーリイ・ペイン(昭和二年『新青年増刊』)
 牧師が偶然入手した紙片の断片には、姓名不詳の少女の危機が暗示されていた。彼は素人探偵に調査を依頼する。他愛ないコントだが、探偵の造形が嫌らしくて良い。

◆「深夜の晩餐」 L・J・ビーストン(昭和三年『新青年増刊』)
 政敵によって失脚させられた政治家と外国の美人スパイとの間で交わされる、私怨と国家とを天秤にかけた虚々実々の駆け引き。相変わらず伏線無しに話をひっくり返すビーストンだが、今回は途中の緊迫感にも力点が置かれているようで、ちょっと読ませる。

●扶桑社文庫の横溝翻訳作品リストと手持ちのコピーとを照合していたら、なんと未入手作品がいくつかあることに気付いた。早速、掲載誌の巻号数を明確にして図書館にコピーを依頼しようと思う。その辺りの確認作業に時間を取られてしまった。

●さらに追記事項。手持ちのコピーをひっくり返しているうちにふと、マッカレー「サムの不景気」の雑誌版と、平凡社世界探偵小説全集に収録されているバージョンとを比較してみた。すると、前半の訳文がまるで異なっている。それはそれとしてもっと興味深いのは、雑誌コピーの後半に大量の書き込みがあること。そしてこの手書きの文章こそが、平凡社版の文章になっている。推敲の痕跡なのである。

 ということはもしかして、コピー元の図書館に所蔵されている雑誌が、まさしく横溝正史が手にした一冊で、この字は正史が書いたものかもしれない。残念なことに、どこから手に入れたのか全く覚えていないし、入手元の記録もない。あるいは、某氏なんかのマニアさんからいただいたコピーかもしれない。もしそうなら、忘れてしまったってえのは大変失礼で申し訳ないことである。

『薫大将と匂の宮』 岡田鯱彦 扶桑社文庫

●『薫大将と匂の宮』 岡田鯱彦 扶桑社文庫 読了。

 探偵役の紫式部はいわゆる名探偵型のキャラクターではなく、事件の経過に翻弄されるように迷い、惑う。事件そのものだけではなく、関係者の人間性にも感情を揺さぶられる。自分自身の内面を覗き、様々に揺れ動いている己を見出す。そういった造形を面白く読んだ。それはそれとして、事件の真相はちょいと秀逸である。意外性を演出する方向性が意外で、ほほうそういう手を使うか、と言いたくなる。

 この作品はその昔、旺文社文庫の『源氏物語殺人事件』で一度読んだ。読んだという事実しか記憶にないということは、内容にさほど感銘を受けなかったようだ。当時の幼さでは、作品の機微を受け止めることができなかったのかもしれない。

 併録の短編では、「菊花の約」と「「六条の御息所」誕生」の二編が特に気に入った。前者は「雨月物語」を題材に舞台を現代に移して、主人公の過去から現在のある一瞬までを描く。作品はそこで終わるが、物語は終わらずにその後の長い長い時間をも感じさせる。

 後者は歴史秘話の体裁で、数百年続く文章解釈上の謎に対するひとつの答えを提示する。古典教養にまるで乏しくて我ながら情けないが、こうやって背景から何からきちんと書いてくれると十分楽しめる。

カササギ殺人事件

●昨日の日記は読書会の話題に特化するために、一部省略した。読書会の前に、書店に寄って本を購入。
カササギ殺人事件(上)』 A・ホロヴィッツ 創元推理文庫
カササギ殺人事件(下)』 A・ホロヴィッツ 創元推理文庫

最近長い小説を読むのがしんどくなっているので、この作品も買わないつもりであった。ところがネット上の評判があまりにも良いので、ついつい方針を変更して買ってしまった。実際に読めるのは何年後になるか分からないけれども。ジル・マゴーン『騙し絵の檻』のような傑作に巡り合えた例もあるから、あまりな高評価は無視しない方がいい。

●読書会の後は二次会、三次会。そして朝までカラオケ。

●今日は午前中使い物にならず。午後から、録音しておいた昨日の読書会の内容を整理する。

第六回横溝読書会 『犬神家の一族』

●第六回横溝読書会が開催された。課題図書は長編「犬神家の一族」である。参加者は幹事さん司会者さん含め総勢十三人で、しかも読書会初参加のお方が三人もいらっしゃる。会場は浅草の昭和モダンカフヱ&バー「西浅草黒猫亭」さんで、このために貸し切り。一部の横溝ファンの間ではすでにホームグラウンドになっている感がある。

●会場ではネタバレ全開で会話が交わされたのだが、当然その辺りは非公開とする。各項目末尾に添付の数字は、角川文庫『犬神家の一族』旧版のページである。ページをたどった先の記述にはネタバレがありうるので、ご注意を。

 なお同じ杉本カバー緑三〇四でも、版によって文章のページ配置がわずかに異なっているようだ。会場でその点に気付き、ついうっかり版違い検証の迷宮に脱線しそうになったが、危うく踏みとどまる。

◆いつものとおり、参加者の自己紹介を兼ねて感想や思い出から始まる。以下で映画と言っているのは、東宝の『犬神家の一族』(1976)のことである。
「ここで扱われている殺人は好きなタイプなので、犬神家は好きな作品」
「私の本格ミステリの原点が古谷一行ドラマの犬神家なので、印象深い」
「あまり本を読まずに気軽に行く行く!と参加したら、こんな(どんな?)集まりだった。お手柔らかに」

「作品は何度も読んだし映画も観たが、ドラマ版を観ていない。今回はそっち方面の疑問を他の参加者にお訊きしたい」
「初めて金田一耕助の存在を知ったのが映画だったので、思い入れがある」
「映画が先なので、原作の方に意外な部分があって、二度も三度も楽しめる」

「地元のテレビでは映画が放送されなかった。隣県の放送をテレビ画面の砂嵐の向こうにかすかに観ていた」
「横溝を知ったきっかけがつのだじろうの漫画版犬神家だった。後で原作を読んで、違うじゃないか!と驚いた」
「映画は原作の台詞なんかを予想以上に丁寧に拾っている」
「映画が先で印象が強すぎたので、横溝ファンになってからでも原作を読むのはだいぶ後になった」
何人ものお方が映画の影響を語っている。やはり、かつてのあのブームとあの映画の影響は絶大なのだ。

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◆正史の書き方・スタイルについて
「掲載誌の読者層に合わせて通俗寄りの内容にした」
「それでも本格ミステリテイストはなかなか濃いと思う」

「開始早々6ページで衆道のちぎり。飛ばすなあ横溝さん」

「正史は自分の馴染みの土地を作品によく登場させる」
「岡山、諏訪、吉祥寺、成城」
「戦前作品では小日向台がしょっちゅう出てくる」
「犬神家の東京邸宅の住所麹町三番町というのは由利先生も住んでいた。ここも正史自身と何か縁があったのでは」
「なぜ静岡が作品に登場するのかはよく分からない」

◆舞台のモデルとなった諏訪について
「湖の珠世が西日をうけている姿を、旅館から金田一耕助が見た(P38)」
「ということは、旅館は湖の西岸にあった。つまり東岸に位置する現実の諏訪とは東西が逆」

佐清の仮面について
「白いのか彩色されていたのか、記述が揺らいでいる気がする」
「白だという記述は確かにあるが(P254、P259)、最初の場面では白さについて記述がない(P61)」
「白かったら、まず最初の描写として「表情がない」ではなく「白い」と書くはず」
「白かったら、某人物がたとえ一瞬でも誤認しないでしょ(P323)」

「あの顔では仮面の型を取れないので、松子の監修があったはず」
「仮面の鼻はペコペコしている」

「なぜゴムで仮面を作ったか。通気性が悪いと傷に悪いでしょ。他のドラマではどうなってるのか」
東宝映画以降は、どの映像作品でも同じ表現。影響されてる」
「時代的に、ゴムが最適だったのか」
「きっと当時の最先端技術を求めて東京に滞在したに違いない」
「戦争の後は損傷修復の技術が発展したのかもしれない」
「なんだったら天知茂明智小五郎のマスクがいいじゃん」
(皆様ノリノリになってくる)
「天知小五郎を観た世代は、ゴムの仮面でそっくりな顔を作るという話に抵抗が少ない」

「ゴムじゃなかったら何がいいですか?」
「私ゴム苦手なんですよ。臭いが」
「マスクでなければお面や頭巾のほうが自然なのでは」

金田一耕助の人物像について
人の悪さがにじみ出る記述がいくつかある
「犬神家に何かあると知ったとき、腹の底からよろこびがこみ上げる(P48)」
「事件の特徴を示して、そこに事件の面白さがあると言い放つ(P397)」
「真相を聞かされて激しく泣き出した関係者を完全に無視する(P388)」
「いま謎解きでいいとこなんだからちょっと黙ってて、くらいの気持ちだったんじゃないの」

「首斬り死体を見るのは初めてじゃないはずなのに、なぜあんなに驚いたのか」
「急に落っこちたからでは」
「まさかあそこに首が乗ってるとは思わず不意打ちをくらった」

「それまでだって美人に会ったことあるだろうに、珠世をしばらくうっとり見詰めている(P24)」
「それだけ珠世の美人度のハードルを上げている表現」
「でもタイプじゃなかったんだろう」
「「連れ出して欲しい」と言ってくんなきゃだめ」
金田一目線による美人度ランキングが気になる」
「面食いではないのかも」
「そうそう、美人だからといって好みかどうかは分からない」
(異性の好みについて、好き勝手な言われ様である)

別作品を交えての脱線
「美人ならば珠世と大道寺智子がツートップだろう」
「あとは大空ゆかり」
「大空ゆかりはグラマーガールとして売っているから、美人かどうかとは尺度が違うのでは」
「青池里子は実は美しい」
「小夜子も実は十人並みの美しさ」

◆珠世の造形について
「(ネタバレ)に関しては手段を選ばず執拗」
「狡猾だと書かれてるし(P141)」
金田一耕助を嘲ってるし(P306)」
「真相に近い場所にいたはずなのになぜ黙ってるのかこのスフィンクス(P183)は」
「出自から何から作中にきっちり書かれてあるのはほぼ珠世だけ」
「ヒロインのはずなのに何を考えているかほとんど書かれていない」
珠世はキーパーソンなので、彼女の造形にからめてストーリーの根幹にかかわる発言が他にもいろいろあったが、非公開。

◆佐兵衛の遺言について
「この遺言、絶対弁護士が入れ知恵してるでしょ」
「一番性格が悪いのは古舘弁護士だったりして」

「珠世が相続権を失ったら、それだけで犬神奉公会は遺産の二割を受け取れる。そのうえ静馬がみつからなければ、五割以上を受け取れる」
「奉公会には珠世の死を望む強い動機があるし、静馬を本気で探すはずがない」
「このシチュエーションで社会派推理小説を書いたら、黒幕は犬神奉公会の理事長」
「つまんないなそれ」
「絶対映画にならなそう」
遺言はこの作品のキモなので、ネタバレ発言が大半である。関連する会話はこの何倍もある。

◆湖から逆さ脚、について
「映画ポスターの絵面のインパクトは抜群」
「題名のインパクトは『八つ墓村』の方が強いので、両者を混同している人はまだいる」
「要蔵の二本の懐中電灯と、二本の脚のイメージが重なりやすいのでは」

横溝正史と過去作品
「ルブランの長編『虎の牙』に出てくる遺言状が犬神家そっくり」
「遺言状だけではなく、横溝作品に見られる要素がたくさんある」
「正史はルブラン大好きだし、他の作家の作品も一度読んだら消化吸収して自分のものにしている」
「ルブランだけでなく、ビガーズも」
「獄門島には夏目漱石の、犬神家には谷崎潤一郎の影響が見られる」

◆序盤からすでにフリートークに近い盛り上がりだったのだが、途中までは司会者さんのリードがあった。そのうちだんだんと、我慢できなくなった面々が俺にも喋らせろとばかりに、隙あらば用意のネタをぶっ込み始めてえらいことになってきた。いいぞ、大変に面白い。内容は、独自の考察に基づく大ネタからパクリ小説の紹介、一言で済む小ネタまで、それぞれに興味深い。そのなかのいくつかを挙げておく。

・犯人が別人だとする考察(某人物の挙動に関する指摘が興味深い)
・犬神家のパクリ臭い小説、尾久木弾歩「狼家の恐怖」(冒頭の文章がまるで犬神家)
怪傑ズバットにも犬神家のパロディがあった。

・珠世は運転免許を持っている。運転シーンを見たかった。
・佐智はお洒落さんなので、けしからんことをやらかそうとするときもネクタイをしていた。(P218)
・佐智の、金田一耕助に対する呼びかけが揺らいでいる。金田一君(P102)と金田一さん(P104)

・犬神財閥の主要産業はこの時点でも生糸だったのか。財閥というくらいなのに、全体像の描写が何もない。
佐清が帰還するまで二週間もの間、金田一耕助は何をやっていたのか(P38)。呑気に寝坊しているし(P42)
・連載開始前の予告では、犬神財閥は瀬戸内海に拠点があることになっている。そのバージョンも面白そう。

◆司会者さんが用意してくださったテーマのひとつが、それぞれの殺人について参加者の意見・感想を求めるものだった。大いに盛り上がったのだが、この辺りはほぼすべてネタバレなのでばっさり省略。

◆その他ネタバレの話題をキーワードだけ書いておくと、原作と映画との違い、作中人物による犯人推定、正史の作劇スタイル、メインの大ネタについて、正史が消化して我が物にしたと思しき過去の文芸作品、珠世が気付いた理由、「八つ墓村」との対比、菊乃の位置付け、松子の主張の理由(個人的にずっと疑問だった)、遺言状と犯人とのかかわり、全滅の原因、毒の扱い、結末を見据えた人物配置、佐兵衛の本当の遺志、あいつは悪人ではなくてヘタレ。

◆司会者さん 「では、「罪滅ぼし」で終わりたいと思います。お疲れさまでした。」

◆会の前後にちょっとしたイベントがあったのだが、省略。

◆再来週はまたもやここ「西浅草黒猫亭」にて、横溝正史「黒猫亭事件」の朗読会が開催される。
来月末は倉敷で、水害にも負けず恒例のイベントが力強く開催される。
鎌倉ではミステリ映画の特別展にて横溝映画が上映され、関連するトークイベントも行われる。
新派では「犬神家の一族」が上演される。
ブームとは言わないまでも、横溝関連のこの盛り上がりは何なのか。素晴らしいことである。