累風庵閑日録

本と日常の徒然

『高木彬光探偵小説選』 論創社

●パソコンを買ってきた。セットアップはあとで。

●『高木彬光探偵小説選』 論創社 読了。

 戦後活動を開始した作家が論創ミステリ叢書に収録されるのは、これが初めてだろうか。本格ミステリ勃興後の作家だから、好みに合った作品が多くて面白く読めた。

 ベストは「闇の声」で、いかにもな設定と真相との関係が、そっちかよ、と思う。ミステリクイズに肉付けしたような「時は裁く」も、二時間サスペンスドラマのエッセンスを抽出したような「殺人の挽歌」も、典型好きとしては好ましい。「女の復讐」は地道な捜査の模様が読ませるし、(伏字)てしまう結末が秀逸。

 他に、「自殺恐怖症」のダークさも悪くない。派手な展開の通俗スリラー「黒魔王」は、こういう味はたまに読むなら口が変わって面白い。この内容で百二十ページも読めばもう十分だけども。「風戸峠の秘宝」の主人公はまるで愚かに見えるけれども、私も含めて誰もがふとした迷いで同じ目に遭う可能性があるわけで。恐ろしいことである。

パソコンの買い替え

●パソコンの調子がおかしくなった。なにやらエラーで立ち上がらなくなり、システムの復元でひとまず事なきを得た。買ってからもう二年四カ月経つから、壊れても不思議ではない。こんな危ない物を使ってられないので、今週末にでも新しいパソコンを買いに行くことにする。以前から時折モニター表示がおかしくなっていたので、いずれ近いうちに……と覚悟していた出費がとうとう目前に迫ってきた。分かっちゃいたけど、これは痛い。

●今月の総括。
買った本:七冊
読んだ本:十冊

『ネロ・ウルフの災難 女難編』 R・スタウト

●『ネロ・ウルフの災難 女難編』 R・スタウト 論創社

 ミステリの仕掛けという点では軽い味わいだが、仕掛けだけを求めて読むシリーズではない。そんなことがどうでもよくなるほど、ストーリーも、キャラクターも、彼ら同士の掛け合いも、抜群に面白い。

 収録の三中編のうち、一番気に入ったのは「トウモロコシとコロシ」であった。(伏字)という状況が真相につながる、展開の意外さがあった。次点は「殺人規則その三」で、ある観点に思い至るとそこから真相に直結する趣向はなかなかのものだが、展開の唐突さや動機の極端さがちと残念。

 まったく、このシリーズは安心安定の面白さで、作品をもっと読みたくなる。論創海外の続刊も楽しみである。

蝶々殺人事件

●書店に寄って本を買う。
『蝶々殺人事件』 横溝正史 柏書房
 これで、由利・三津木探偵小説集成も無事完結である。素晴らしい。今回はなんと、むつび版「神の矢」まで収録されている。まさしく集成の名に相応しい。

『瀬下耽探偵小説選』 論創社

●『瀬下耽探偵小説選』 論創社 読了。

 乱歩の「情操派」という分類に、ねちこい作風かと身構えていたのだが、実際読んでみると全然そんなことはなかった。作品はバラエティに富んで、飽きずに読める。ロジック趣味もちょいちょい見られて、好みにも合っている。

 本格ミステリのパロディとも言えそうな「四本の足を持った男」、主人公の造形と行動とが際立つ「めくらめあき」、土俗的な味わいに推理を絡めた「R島事件」、不可能興味と奇天烈な殺人手段で読ませる「呪はれた悪戯」、よく整った倒叙ミステリ「シュプールは語る」と、秀作が多くて嬉しい。

 長くなるのでコメントは付けないが、他に面白く読んだ作品は、「海底」、「女は恋を食べて生きてゐる」、「欺く灯」、「墜落」、「幇助者」、「罌粟島の悲劇」、といったところ。

 ところで巻末解題によれば、瀬下耽の作品集は『別冊・幻影城』の刊行予定に含まれていたそうで。それが実現しないまま三十四年、ついに一冊にまとめられた作品集が、本書である。そういう文章を読むとつくづく思う。大勢の作家の作品集を刊行し続ける論創ミステリ叢書は、なんと有意義な営みであることか。読者の好みによって面白い詰まらないは当然あるけれども、読めないことには始まらないのだ。

●税務署に出かけて、確定申告の書類一式を時間外収受箱に放り込んできた。やれやれ。今回は六桁の還付金が戻ってくる。一時的に裕福になると勘違いしそうになるが、もちろんそうではない。払い過ぎた税金が戻ってくるのだから、マイナスがゼロになるだけである。

クラヴァートンの謎

●お願いしていた本が届いた。
『絶版殺人事件』 P・ヴェリー 論創社
『クラヴァートンの謎』 J・ロード 論創社

 今回お試しでお願いしてみた。今後は、まとめ買いである程度の金額になる場合にお願いしたい。

『不思議なミッキー・フィン』 E・ポール 河出書房新社

●『不思議なミッキー・フィン』 E・ポール 河出書房新社 読了。

 小説を書いていると登場人物が勝手に動き出す、なんてなことを作家が語っているのを目にすることがことがある。ところがどうやらこの作品では、登場人物も周囲の状況も物事のタイミングも、完全に作者の意のままになっているようだ。小説を読んで楽しむというより、作者が物語を転がす様子を眺めて楽しむ作品である。まるで「ピタゴラスイッチ」を眺めているような。

 内容としては、デフォルメされた登場人物達が繰り広げる、ドタバタコメディめいた冒険活劇。こいつは面白い。主人公が友人のために良かれと思って仕組んだ小細工が、そもそものきっかけ。警察の拡大解釈と勘違いと早合点とで、事態は勝手に大きくなってゆく。冒頭で作者自身が「紋切型からはずれた」と宣言している通り、先の展開が全く見えない面白さよ。

 巻末の訳者あとがきによれば、シリーズキャラクターであるホーマー・エヴァンズものの訳出が、「目下鋭意準備中」だそうで。十一年前の話である。ところが実際は、その後刊行されたエリオット・ポールの作品は非ミステリの一冊だけのようだ。企画が立ち消えになったとしたら、残念なことである。

『江戸川乱歩に愛をこめて』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫

●『江戸川乱歩に愛をこめて』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫 読了。

「無闇坂」森真沙子
こういうタイプの作品は、久しぶりに読むというそれだけで新鮮。

「悪魔のトリル」高橋克彦
落ち着いた語り口でつづられる恐怖の回想譚。ひねりもオチも上手く効いている。

「怪人明智文代」大槻ケンヂ
明智小五郎と二十面相と、それぞれの造形がいい感じ。善に生きることを決意した者の哀しさと悲壮さ。悪の組織の大ボスがふと見せる自信のなさと弱さ。

「東京鐵道ホテル24号室」 辻真先
回想の中でさらに、決定的に失われた過去を振り返る某人物の想いが胸に迫る。

「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」第九回

●横溝プロジェクト「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」の第九回として、先月から取り掛かったマッカレー『地下鉄サム』の続き。今日は六編読んだ。

「サムの恐怖」
 財布と思ってサムが掏ったのは、恐ろしい病原菌の培養器だった。

「サムの愛国者
 博識で嫌味な「教授」が建国の父ワシントンを貶すのを聞いて、サムは激怒した。

「サムのクロスワード
 隣に座った男につられて新聞のクロスワードに夢中になったサム。しかしその裏には。

「サムの御奉公」
 大切な稼ぎ場である地下鉄で、何やら企んでいる悪党達を見かけたサム。

「サムの手術」
 体調を崩して手術を受けたサムに、とんでもない運命が襲い掛かる。これは酷い禁じ手。

 一番面白かったのが「サムの正直」であった。題名が効いているし、最後のオチ一点勝負の展開も上々。

『ニュー・イン三十一番の謎』 A・フリーマン 論創社

●『ニュー・イン三十一番の謎』 A・フリーマン 論創社 読了。

 どうやらフリーマン、作品をきっちり構築することには熱心だが、物語を盛り上げようという気はあまりないようだ。かなり早い段階で、おおまかな真相には見当が付いた。ところが語り手のジャーヴィスは、いつまで経っても五里霧中である。ソーンダイク博士からは、今まで集めた手がかりに基づいて事件を検討しろと言われるものの、よく分からない、何も思い浮かばない、とぼやくことしきり。

 大抵の読者がとっくに事件のキモに気付きそうな段階でも、ジャーヴィスだけは気付かずに延々と困惑している。こいつは少々じれったい。どうしてこういう構成にしたのか。

 とまあ上記のようにあれれれ、と思う点がないではないが、全体としては全く満足。その面白さは、地道な捜査と緻密なロジック。ソーンダイク博士は丹念に情報を集め、現場に出向いて手がかりや物証を捜し、必要ならご自慢の実験室で研究する。その様子がなんとも着実堅実で、私の好みにぴったりである。

 解決部分ではたっぷりとページを使い、博士が大量の手がかりを丁寧に拾いながら論証を重ね、真相を描き出して見せる。これぞミステリの面白さである。