累風庵閑日録

本と日常の徒然

『幻のテン・カウント』 鮎川哲也編 講談社文庫

●『幻のテン・カウント』 鮎川哲也編 講談社文庫 読了。

 収録作中のベストは飛鳥高「犠牲者」であった。伏線も、分析的推理も、真相の絵柄も秀逸。仁科透「Fタンク殺人事件」は犯人の性格設定が毒々しいが、それよりもおぞましいのは(伏字)の造形である。

 宮原龍雄「ある密室の設定」は、途中で提示された仮の真相の、その後の処理が面白い。巻末解説によると、どうやら他の満城警部補シリーズとは一味違うようで。近いうちに論創社宮原龍雄を読む予定なので、シリーズ通して読むとまた違った味わいになるだろうってことが楽しみ。

 その他気に入った作品の、気に入った点を挙げておく。水上幻一郎「青髭の密室」の、錯覚のアイデア鷲尾三郎「疑問の指輪」の、シンプルな殺人手段。藤雪夫「アリバイ」の、解決部分のサスペンス。

今月の総括

●今月の総括。
買った本:八冊
読んだ本:十一冊
読んだ本のうちには、あっという間に読める児童書が一冊混じっている。

●遅くとも年内には、泡坂妻夫『曾我佳城全集』の単行本を読もうと思う。そのつもりで部屋を探したけど、案の定見つからない。さあて、どこにしまい込んだのやら……

『必須の疑念』 C・ウィルソン 論創社

●『必須の疑念』 C・ウィルソン 論創社 読了。

 かつての教え子は、連続殺人鬼なのか。主人公の哲学者ツヴァイクの、恐ろしい疑念である。証拠も確信もない推定殺人者と、命を狙われているかもしれない想定被害者とを、ツヴァイク達が追跡する。シリアスなサスペンスかと思っていたら、そればかりではない。奇妙な夫婦者が追跡者一行に加わり、なにやら珍道中の趣を呈する場面もある。

 読み所は以下のようなところ。果たして「彼」は実際に殺人鬼なのか。ツヴァイク達はその証拠をつかめるのか。次なる殺人を防ぐことができるのか。その他、人物造形も面白い。哲学者殿はやけに人間臭く、美女にちやほやされてたちどころに篭絡されたりする。

 結末までたどり着くと、どうやら作者殿、(伏字)。その一方で、作中で語られる議論がなかなか興味深い。どこまで理解できたか心もとないけれども。議論に伴って、人物描写が次第に深みを増してゆく。そっち方面の面白さがあるので、全体としてほぼ満足のいく読後感であった。

●お願いしていた本が届いた。
『殺されたのは誰だ』 E・C・R・ロラック 風詠社
 先日、honto経由でリアル書店への取り寄せ依頼をして、「品切れ取り寄せ不能」の回答が返ってきた。しょうがないので宅配で再発注して、無事に入手できた。やれやれ。hontoでは、ネット書店向けの在庫とリアル書店向けの在庫とで扱いが別になっているようで。

悪魔館案内記

●午前中は野暮用。午後からジム。今日は調子が悪いし気分も乗らないしで、さっさと切り上げる。帰宅して昼寝してから、本を読む。

●お願いしていた本が届いた。
『悪魔館案内記』 渡辺啓助 東都我刊我書房

ずれた銃声

●お願いしていた本が届いた。
『ずれた銃声』 D・M・ディズニー 論創社
『銀の墓碑銘』 M・スチュアート 論創社

●上記二冊の他に、今後届くはずの本がある。ネット書店に注文している本が一冊、先行予約をしている同人誌が一冊、明日刊行予定の私家版冊子が一冊、来月末刊行予定ですでに予約している翻訳ミステリが一冊、ってなもんで。先々楽しみなことである。それに、近日開催の文学フリマでも買いたい冊子がいくつかある。先々楽しみなことである。

『名探偵シャーロック・ホームズボン2 ゆうれい屋敷のひみつ』 三田村信行 PHP研究所

●『名探偵シャーロック・ホームズボン2 ゆうれい屋敷のひみつ』 三田村信行 PHP研究所 読了。

 頭が小説疲れを起こしてしまった。大阪圭吉のしんどいしんどい時局小説、文字がみっしり詰まった押川春浪の明治冒険小説、そして戦前の翻訳本と続けて読んだのがよくなかったらしい。しっかりとした本を手に取る気にならない。そこでリハビリとして、ごくごく軽い本をさっと読むことにした。使われている活字は巨大だし、分量はわずか百ページしかない。

 かつてシャーロック・ホームズが履いていたズボンが、主人公の名探偵となっている。この駄洒落設定を考え付いただけでもう、作者の「勝ち」である。内容は、脱獄囚の捜索、愛犬誘拐事件、そして長期の入院から戻ったら家が無頼漢に乗っ取られていたという怪事件の三つが並行して語られる。なかなかにぎやかなもので。

 そして意外にも、ミステリとしての構成がそれなりに整っているのである。きっちり伏線まで仕込まれてあるのにはちょっと感心した。対象年齢が小学二年~四年だというから、全体はごく他愛ないものではあるけれど。

『地下鉄サム』 マツカーレイ 平凡社

●『地下鉄サム』 マツカーレイ(表記ママ) 平凡社 読了。

 世界探偵小説全集の第七巻である。横溝プロジェクト「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」の第十一回として、今日は残っていた同時収録のビーストン三編を読む。一月から細切れに取り組んでいたのを、ようやく読み終えた。伏線も何もない、ビーストン流の唐突などんでん返しは私の好みではないが、結末までのストーリーの変転はちと読ませるものがある。

 ところでその三編のうち、「決闘家倶楽部」と「廃屋の一夜」とは、一年ほど前に創土社の『ビーストン傑作集』で読んでいる。今回かっ飛ばしてもいいのだが、せっかく一冊の本を手に取ったのだから、ついでに再読してみる。

「決闘家倶楽部」
 奇妙な決闘が行われた。籤で当たりを引いた者は、失敗するに決まっている無茶な宝石強奪計画を決行して捕らえられ、社会的に死ぬことになる。

「浮沈」
 貧窮のあまり金を盗みに屋敷に入った男が捕らえられたが、屋敷の主人はその男を放免した。主人は警察に逮捕される寸前で、それどころではなかったのだ。三作の中ではこれがベスト。ここまでストーリーを練られると、ほほう、と思う。

「廃屋の一夜」
 ある男が、復讐のために長年働いて資金を貯めた。ところがその相手は、ふとした災難によって記憶喪失になっていた。これでは復讐の意味がない。

『押川春浪集』 伊藤秀雄編 ちくま文庫

●『押川春浪集』 伊藤秀雄編 ちくま文庫 読了。

 明治探偵冒険小説集の第三巻である。なにしろ明治時代の文章なので、改行がほとんどなくページにみっしりと文字が詰まっている。だがその読み味は意外なほど軽快であった。往時の武侠冒険小説の味わいがどんなものか、その一端に接することができたのが、全体を通して本書の一番の収穫。

「銀山王」
 主人公は、社交界の華で富豪でもある浪島楓嬢。将来を誓い合った羽衣男爵を妖艶な緑姫に手練手管で奪われ、己の短慮から屋敷も全財産も失って、失意のどん底に落ちてしまう。様々な酷い目辛い目に遭ってついふらふらと死のうとしたところに、飛び出してきたのは奇人の離島隠者。

 おかげで楓嬢は気力を取り戻し、隠者と、彼の知人で不思議な魔術を使う妖人ベーヨ先生との援けをかりて、愛の復讐へと立ち上がる。こ の う ら み は ら さ で お く べ き か ……

 とにかくベーヨ先生の魔術が凄まじい。中盤以降の展開になるので詳しくは書けないが、この術のおかげで面倒くさい段取りは全部かっ飛ばされている。その他にもびっくりするほど荒っぽい展開がちょいちょい見受けられる。細けえことは気にせずに、ただただ勢いだけで突っ走る作品。

「世界武者修行」
 主人公団金東次は、世界の強豪を相手に武魂を練り勇胆を鍛えようと志し、現代の武者修行に出かける。旅の途中には、彼の豪傑ぶりを表す独立したエピソードがちょいちょい挿入される。それはそれで豪快な面白さはあるのだが、メインの物語がなかなか先に進まず、ちともどかしい。押川春浪の筆は、快男児のキャラクターと価値観、主義主張を描くことに重きを置いているようだ。たとえば夢枕獏がこの題材で書いたとすれば、面白さ無類の格闘小説になりそうなのだが。

「魔島の奇跡」
「船乗りシンドバードの冒険」の翻案だそうで。原点をちゃんと読んだことがないのだが、(伏字)だなんて、こんな凄まじい物語だったか。

『大阪圭吉探偵小説選』 論創社

●『大阪圭吉探偵小説選』 論創社 読了。

 収録作はどれもこれも、主人公の探偵が外国のスパイ組織を摘発する話である。犯罪も犯人設定も同工異曲なので、そういう点では面白味に乏しい。読み所は、敵組織がどうやってスパイ活動を行うかのアイデアにある。

 秀逸作として、冒頭の謎が魅力的な以下の三作を挙げておく。
「疑問のS」は、謎の怪音と空を舞う紙の謎。分かってしまえば他愛ないけれども。犯行自体も、ホームズシリーズの某作が発想の根っこにあるのではと思われる秀逸なもの。

「街の潜水夫」は、街のど真ん中に潜水夫が現れるという、なんとも魅力的な謎。衆人環視のなかでの潜水夫消失というネタもあるし、その解決もシンプルで好ましい。

「紅毛特急車」は、夫婦揃いの品物が何度も何種類も列車に忘れられる謎。犯罪組織のやり口も気が利いている。

 これらとは別に長編「海底諜報局」は、ちょっとした海洋冒険小説の味わいが新鮮。敵方に囚われた探偵助手のエピソードにまとまった分量が割かれてあって、そのサスペンスもなかなか読ませる。

 内容については以上のようなものである。それはそれとして、なにしろ戦時中に書かれた作品ばかりだから、文章の端々に漂う時局臭がまことに香ばしい。(以下、ネガティブなことを書き連ねているのでごっそり非公開)そんな文章を読むのは、なかなかにしんどい。うんざりしてページをめくる手が止まる。月曜に手に取って結局通読できずに、間に別の本を挟むことにした。読了までに五日もかかってしまった。