累風庵閑日録

本と日常の徒然

世紀の犯罪

●お願いしていた本が届いた。
『世紀の犯罪』 A・アボット 論創社
『密室殺人』 R・ペニー 論創社
 注目は『世紀の犯罪』である。横溝正史の某作品との関連が指摘されているのだ。訳者あとがきや巻末解説にその辺りの情報を期待していたのだが、残念ながら何もなかった。唯一、帯にちらりと書かれているのみであった。

●「世紀の犯罪」は湘南探偵倶楽部から復刻された旧訳を五年前に読んでいるので、横溝作品とのかかわりについてはすでに詳細を把握している。ネタバレ全開でメモも残している。実際のところ、そっち方面の情報が乏しくても個人的には大勢に影響はないのだ。

 だが、金田一耕助シリーズを一通り読み終えたファンに対するアピールとしては、関連情報が多い方が望ましいだろう。それは私が心配することではないけれども。

「鍾乳洞殺人事件」

●横溝プロジェクト「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」の第十三回として、扶桑社文庫の『横溝正史翻訳コレクション』からK・D・ウィップルの「鍾乳洞殺人事件」を読む。

 派手な事件とスピーディーな展開、そして少々心細い解決というのは、以前読んだ『ルーン・レイクの惨劇』と同様で。どうやらこういった作風がこの作家の持ち味らしい。犯人の設定が(伏字)だってのがどうもアレだし、意外性の演出が(伏字)というのもちと盛り上がりに欠ける。

 正史の訳文のおかげかどうか、とにかく読みやすいのは評価したい。読んでいる間は楽しい。多少なりとも冗長さを排した抄訳なのだろうか。その辺はよく分からない。もしも今後、論創海外なんかで新訳が出たらぜひ読んでみたい。

 もう一点、キャラクターの魅力も評価すべきポイントがある。なにかってえと「ボストンの兄のジョン」を持ち出すメヒタベル嬢や、ややデフォルメされたブランデギー警部の、やけに居丈高だが失敗すると哀れにしょげ返ってしまう様子が作品にユーモラスな味わいを添えている。

 個人的には、正史の「八つ墓村」との関係が興味深い。この辺りは巻末解説に詳しく、本書の読み所のひとつである。そこで指摘されていないエピソードをひとつ挙げておく。ある登場人物が慌てふためいて洞窟から逃げてきて、突然現れた怪物にもう一人が捕まったと語る。これは「八つ墓村」の(伏字)シーンを連想する。

『幻の名探偵』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫

●『幻の名探偵』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫 読了。

 以下の二編が特に秀逸。甲賀三郎「拾った和銅開珍」は、落語か昔の笑い話にでも出てきそうなシンプルなネタが好ましい。葛山二郎「古銭鑑賞家の死」は、いくつもの伏線がちょっと感心するような真相に収束する。

 守友恒「青い服の男」は、(伏字)タイプの真相は好みではないが、意外性は十分。

 あわぢ生「蒔かれし種」、山下利三郎「素晴しや亮吉」、海野十三「麻雀殺人事件」の三編は、とぼけた明るさがあって読んでいて楽しい。探偵役は順番に、深刻な悩みを抱えて懊悩していても、一晩寝るとすっかり気分が晴れてしまう秋月圭吉。事件の捜査の一環のはずなのに、猿をからかうのにすっかり夢中になってしまう吉塚亮吉。麻雀屋で隣の卓にいる若い娘の白い襟足を盗み見て、満更でない気持ちになる帆村荘六。愛すべきキャラクター達である。

●ミステリー文学資料館が、この七月で閉館するそうな。となると、資料館編のアンソロジーも刊行されなくなるのだろうか。五月に最新刊が出たあと、現在次の巻までは準備されているということらしいが。

『クイーン警視自身の事件』 E・クイーン ハヤカワ文庫

●『クイーン警視自身の事件』 E・クイーン ハヤカワ文庫 読了。

 引退したリチャード・クイーン元警視が主人公の、スピードと起伏とで読ませる作品である。けれども単純なスリラーではない。結末に至って、前半のとある描写の意味が分かる。意味が分かると、その技巧も分かる。また終盤に提示される、なぜ(伏字)のか? という問いも、ちょいと気が利いている。この辺りの展開には感心した。

 サイドストーリーも軽んじてはいけない。御年六十三歳のリチャードが演じる、なんと、嬉し恥ずかしメロドラマ。重大な出来事を「事件」と称するなら、これはまさしく警視自身の事件なのである。二重の意味を持つ題名にほほう、と思うが、原題の「case」にそんなニュアンスがあるかどうかは知らない。

 上記の「事件」も含め、全体が老いと再生の物語になっている。警察組織に頼らない独自の調査に取り組むリチャード。彼の協力要請に応じて、生きる目的を見失いつつあった退職警官達が何人も、勇んで駆け付ける様は胸が熱くなる。

アリバイ

●書店に寄って本を買う。
『アリバイ』 A・クリスティー 原書房
シャーロック・ホームズの事件録 眠らぬ亡霊』 B・マクバード ハーパーBOOKS

 原書房がクラシックミステリに戻ってきた。まずはめでたい。

『地下鉄伸公』 三木蒐一 東成社

●『地下鉄伸公』 三木蒐一 東成社 読了。

 先日まとまめて読んだ地下鉄サムの流れで、積ん読だったこの本を手に取ってみた。昭和二十七年にユーモア小説全集の第十八巻として刊行されたもので、七編が収録されている。作者の発想のきっかけは地下鉄サムだったのかもしれないが、読み味はまるで別物。素朴でありきたりの、湿気の多い人情咄であった。

 主人公は、改心して引退した元掏摸。現役時代のふたつ名に「地下鉄」と付いているが、ストーリー展開に直接かかわる形で地下鉄が描かれることはない。粋で潔癖で男前な正義のヒーローが、悪漢に苦しめられている弱者を指先の名人芸でもって救う、ってのが定型となっている。弱きを助け強きを挫き、清く正しく美しく、明日という字は明るい日と書くのね式の物語は、私の好みではない。

『戦前探偵小説四人衆』 論創社

●『戦前探偵小説四人衆』 論創社 読了。

 一冊にまとめるには作品量が足りない作家を四人集めて、一冊に仕立てたという好企画。その四人とは、羽志主水、水上呂理、星田三平、米田三星である。

 最も気に入ったのが、今まで「監獄部屋」しか知らなかった羽志主水であった。ソーンダイク博士の味を上手く換骨奪胎している「蠅の肢」も、シンプルな真相とスマートな結末の「越後獅子」も、どちらも私の好み直撃であった。素晴らしい。「越後獅子」は実際のところかなり大きなズッコケがあるようだが、作者のやりたかった意図は十分伝わって、満足である。

 水上呂理は、「蹠の衝動」、「犬の芸当」、「麻痺性痴呆患者の犯罪工作」の、二転三転するストーリー展開に感心する。

 星田三平は軽快な読み味が気に入ったが、そのなかでもトリッキーな「探偵殺害事件」がベスト。米田三星は、ねちこい文体が好みではない。「蜘蛛」の展開は面白かったけれども。

●これで、論創ミステリ叢書を第五十巻まで読み終えたことになる。今のペースで読み進めると、新刊に追いつくのはあと数年先になる。気の長い話である。

『ソーンダイク博士』 フリーマン 改造社

●『ソーンダイク博士』 フリーマン 改造社 読了。

 世界大衆文学全集の第六十巻である。ストーリーの起伏も真相の意外性もさほどではない。興味の中心は、博士が何に気付いてどういう検証実験をしたかにある。これがどうも、やけに面白い。結末に至って初めて、調査のときの博士の言動の意味が分かるのが、散りばめられた伏線の意味が明らかになるのと同種の面白さである。

 収録の長編「赤い拇指紋」は先日読んだ

 中編「謎の靴跡」は、いかにもソーンダイク博士シリーズらしい好編。博士は現場に残された靴跡を「読み」、警察が見逃した大量の情報を得る。法廷にて、知り得た新事実を次々と披露する博士の弁論は実に鮮やかである。その盛り上がりは、博士の優秀さよりもむしろ、警察や検死医のうかつさを際立たせる。

 他の短編も安定の面白さで、読んで満足。「青色の甲虫」の、エジプト学の専門家には読めないエジプト文字という着想にちょっと感心した。

『大倉燁子探偵小説選』 論創社

●『大倉燁子探偵小説選』 論創社 読了。

 手に取ったのは先週の日曜だが、内容に乗れずに中断して別の本に寄り道して、今日になってどうにか読了。とうとう最後まで気分は醒めたままであった。詳しくは書かないが、作者のスタイルは私の好みから遠く隔たっている。

 ただ、面白かった作品もいくつかある。前半のS夫人シリーズでは、ちょいと捻りのある「妖影」と、はっきり書かないことで鬼気迫る効果をあげている「情鬼」の二編。

 後半の単発作品では、異色な怪談咄の「むかでの足音」と「魔性の女」、展開の速さと捻りのある構成とがちょいと読ませる「青い風呂敷包」、グロテスクな味わいが漂う「魂の喘ぎ」と「和製椿姫」といった辺り。

 ベストは「恐怖の幻兵団員」で、作者の用意した意外さに上手く乗せられたおかげで楽しめた。発端となった出来事が解決していないように思えるのがちと気になるところであるが。

『おしゃべり時計の秘密』 F・グルーバー 論創社

●『おしゃべり時計の秘密』 F・グルーバー 論創社 読了。

 相変わらず素寒貧なジョニーとサム。価値がありそうでなさそうで何か裏がありそうな「おしゃべり時計」を巡る騒動に、半ば自主的に巻き込まれてゆく。事件に金策に懸命に駆けずり回るジョニーと、ぶつぶつ文句を言いながらも彼と行動を共にするサム。

 このシリーズを読むのは三冊目。だいぶ呼吸がつかめてきた。お馴染みコンビの軽快な活躍を楽しく読んで、読了したとたんに全部忘れてしまえばいいのである。解決がまるであっけなくてロジカルな興味に乏しいのは、それがシリーズの特徴なのだと受け入れればよろしい。そして今回は、犯人がちょいと意外だった。

●書店に寄って雑誌を買う。
『kotoba 2019年夏号』 集英社
 ホームズとドイルの特集だてえから、手を出してみた。これが予想以上に充実した内容で。二百ページ少々の紙面のうち、半分ほども特集に割かれている。これは読み応えがありそう。

●お願いしていた本が届いた。
『海底旅行』 楠田匡介 湘南探偵倶楽部
『チャリンコの冒険』 森下雨村 湘南探偵倶楽部