累風庵閑日録

本と日常の徒然

『踊り子の死』 J・マゴーン 創元推理文庫

●『踊り子の死』 J・マゴーン 創元推理文庫 読了。

 大量の伏線が嬉しい。初読の者が途中で気付ける性質の伏線ではないけれども、最後になっていちいち後戻りして確かめる作業が楽しい。

 物語の進展にしたがって容疑者がくるくると変わってゆく。その中で、動機の点では(伏字)犯人説が最も魅力的だったのだが。作者としては、ミステリとして魅力的に思える動機よりも、あるキーワードが示す要素の方が書きたかったのかもしれない。

 久しぶりに読む現代ミステリである。登場人物達の個性が際立っているのは、クラシック・ミステリではなかなか味わえない面白さ。不愉快な者、哀れな者、愚かな者、おぞましい者、それぞれにきちんと持ち味があって、ページをめくらせる力になっている。ただ、そういう面白さは味の濃さ、くどさでもあって、私の好みとしてはたまに読むくらいでちょうどいい。

●マゴーンはあと二冊未読で確保している。翻訳が止まってしまったのが残念なことである。

●注文していた本が届いた。
『船中の殺人』 林熊生(金関丈夫) 大陸書館

『加納一朗探偵小説選』 論創社

●『加納一朗探偵小説選』 論創社 読了。

 収録の三長編を、先月から一編ずつ読んでいった。

「ホック氏の異郷の冒険」
 その昔角川文庫で読んでいるが、内容は全く覚えていないので初読同然である。一歩一歩着実に事件がほぐれてゆく展開が私好み。隠し場所に関する伏線も、なるほどと思う。ホームズパスティシュとしても上出来であった。ホームズネタのくすぐりが多く散りばめられているし、それぞれの章題が原典の題名を連想させる遊びも面白い。

 主人公の立ち位置が沁みる。医師として海外留学し世界最先端の医学知識を学びたいとの志に燃えるも、結局落ち着いたところは市井の開業医。このまま平凡な人生を終えるのだろうと静かな諦念を抱く日々である。そんな中持ち上がった大事件の渦中で生涯忘れられない体験をし、英人ホック氏という友人を得る。今後死ぬまで平凡な毎日のままだとしても、この体験の記憶のおかげで、それ以前と以後とではまるで別の人生であることだろう。

 明治時代が舞台なのも胸に迫る。国家体制が改まり、西洋に伍す近代国家構築を目指してがむしゃらに突き進んでいった時代。ゆがみや矛盾を抱えながらも、とにかく前を観て未来を目指すその活気とエネルギーとは、羨ましいものがある。

「ホック氏・紫禁城の対決」は、ホック氏と悪の組織との闘争を描くアクション&サスペンス。尖がった部分がなくて分かりやすく、すいすい読める佳品。

 続編「ホック氏・香港島の挑戦」になるとアクション映画のノベライズのような娯楽色が一層強まり、なかなかゴキゲンである。例えばガイ・リッチーのやつだとか、ああいったホームズ映画のノリだ。催眠術を使う道士や双生児の暗殺者なんぞが出てくるし、アクションシーンも増し増しである。

『森下雨村探偵小説選III』 論創社

●『森下雨村探偵小説選III』 論創社 読了。

 第二巻を読んで、雨村の作風は分かっている。偶然に偶然を重ねてその上から偶然を振り撒くのだ。最初から期待値低めで臨んだので、ロジックや推理の妙味がわずかでも漂っていればそれなりに満足である。

「魔の狂笛」はいくつか矛盾があるし展開も腰砕けで全体はちと厳しいが、銃弾を巡る推理の下りはまあ読める。「死美人事件」は被害者の身元を突き止める望月探偵の推理がお見事。

「室井君の腕時計」は軽い味の都市綺譚。たまに読むならこういうのも悪くない。「襟巻騒動」は、ストーリーを転がすことを最優先にする作風が上手いこといった好編。なにしろ偶然こそが主役のようなものだからして。「隼太の花瓶」は、コレクターの妄執がほの見える佳編。

 収録作中のベストは『新青年』に掲載された連続短編の第六作「救はれた男」で、人の心の奥深さを描いて秀逸。疑っちゃあ失礼だけれども、海外作品の翻案かもしれない。こう書く根拠は連続短編の第一作「襟巻騒動」の末尾にある作者自身のコメントで、「海外の作品にヒントを得たり、時にはそのまま翻案して」とある。

『ミステリは万華鏡』 北村薫 集英社文庫

●『ミステリは万華鏡』 北村薫 集英社文庫 読了。

 ミステリを中心に、文学や絵画やその他いろいろまで広い題材を扱うエッセイ集である。どうもこういうものの感想を書ける気がしない。読んだという記録としてここに書いておく。

『首』 横溝正史 角川文庫

●『首』 横溝正史 角川文庫 読了。

「生ける死仮面」
 グロさを前面に出した愛欲と情念の物語(伏字)のが気に入った。

「花園の悪魔」
 同年に発表された長編「幽霊男」から、いくつかの要素を抜き出して再構成したような作品。動機の異様さが甚だしい。

「首」
 収録作中で最も好みに合っていた。いくつものミステリ的趣向が盛り込まれているのが嬉しい。真相を知って読み返すと、ある伏線のたった一行の記述にグッとくる。舞台は山間の湯治場で、季節は秋。背景設定もそそられる。こういうのを読むと、暑くもなく寒くもない季節に温泉旅館に長逗留して退屈したい。

 収録作のうち、「生ける死仮面」と「蝋美人」とは雑誌『講談倶楽部』に掲載された。「花園の悪魔」は『オール読物』に掲載。それら大衆雑誌向けの作品と、ミステリ専門誌『宝石』に掲載された「首」とではやはりトーンがまるで違う。個人的には断然後者の味が好みである。

「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクト第十回

●「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクトの第十回として、第二巻を読み進める。今回読むのは、「シヤアロツク・ホウムズの事件録」の後半六編である。

「這ふ男」は、物語をあそこで終わらせずにもっと発展させたらストレートな(伏字)ホラーになるだろう。映画にするなら、昔だったら特殊メイクを駆使して、今ならCG沢山で。

「獅子の鬣」はドイルの某怪奇小説と同じ性質の題材なので、ミステリよりもそっちのジャンルに親和性がありそう。

「覆面の下宿人」はホームズシリーズの形式をとっているが、内容はホームズがいなくても成立しそうな綺譚。個人的に最も注目したのがこの作品である。

 ここで使われているネタに似たものが、横溝正史の某長編でも使われている。直接の発想元かどうかは定かでないけれども。さらに、由利先生ものやそれを改稿した人形佐七ものでも類似のネタが使われている。いつか折りがあったらその辺の作品を再読してみたい。

『小酒井不木探偵小説選II』 論創社

●中断していた『小酒井不木探偵小説選II』 論創社 を再開して読了。

 霧原警部ものの二編「呪はれの家」と「謎の咬傷」とは、科学的捜査法が作者の意図した読みどころなのかもしれんが、むしろ奇天烈な真相の方が記憶に残る。シリーズ以外にも、題名は書かないが探偵役と悪人とがある種の超能力バトルを繰り広げる作品があって、その突拍子もなさが楽しい。

「通夜の人々」は秀逸。手掛かりに基づく仮説と新事実に基づく修正とを積み重ねつつ、一筋縄ではいかない結末にたどり着く。「直接証拠」は切れ味鋭い倒叙サスペンス。「愚人の読」はロジックを積み重ねて真相に迫る秀作。

 全六編の松島龍造ものにはちょっとしたアイデアが光る佳品が多い。それとは別に、「妲己の殺人」の突き抜けっぷりも際立つ。

 小酒井不木といえば変態性欲だとかマッドサイエンティストものだとか、そんな作品を書くイメージであった。ところが実際はロジックの面白さを追求した作品も多々あるようで、今回本書を読んで大いに見直したことである。

『村山槐多 耽美怪奇全集』 学研M文庫

●『村山槐多 耽美怪奇全集』 東雅夫編 学研M文庫 読了。

 およそどんな対象にも、マニアさんはいるだろう。村山槐多マニアにとっては、本書は感涙ものの一冊ではないかと想像する。収録内容は小説に詩に、ノンフィクションの紀行文まで。なんと未完成の作品までもが収録されている。

 ところで、読者を選ぶ作品、という言い回しがある。残念ながら私は、本書に選ばれなかったようだ。特に詩なんてものは、活字の上を眼がただ滑ってゆくだけであった。詩に意味を求めるよりも感じることができる読者こそ、選ばれた者なのではあるまいか。そんな本が五百ページ近くあるのを一気に通読するのはしんどいので、先月から少しづつ読んでいった。

 わずかな例外で面白かったのが小説の三編。
「悪魔の舌」は何度目かの再読だが、以前の記憶よりかなり気色悪く感じる。どろどろと、だぶだぶと、といった擬音が酷い。幼少期は平気で触れた昆虫に、今はまるで触れなくなっているようなものか。

「魔童子伝」は、現代の機械文明と昔話めいた怪談咄との融合という奇想。「魔猿伝」はご機嫌なモンスター小説。

●書店に寄って本を買う。
『悲劇への特急券』 双葉文庫
 去年の九月に出た鉄道ミステリ傑作選の続刊、「昭和国鉄編II」だそうで。

誤配書簡

●読んでいた論創ミステリ叢書の、ページをめくる手が止まってしまった。つまらないわけではないのだが、どうも頭が受け付けなくなった。こういうことはたまにあるのだ。中断して明日から別の本を読むことにする。

●注文していた本が届いた。
『誤配書簡』 W・S・マスターマン 扶桑社POD