累風庵閑日録

本と日常の徒然

『佐左木俊郎探偵小説選II』 論創社

●『佐左木俊郎探偵小説選II』 論創社 読了。

 佐左木俊郎のファンや研究者にとっては大きな意義のある本であろう。巻末エッセイや編者解題を読むと、この本が実に丁寧に作られていることが分かる。だが、残念ながら好みに合って面白く読めた作品は少ない。

 気に入ったのは、オチが効いてる「指と指輪」と「告白の芽」、とほほほという可笑しさが漂う「栓の出来ない話」、といったところ。収録作中のベストは、展開が予想外だった「或る部落の五つの話」であった。

●ところで、これで論創ミステリ叢書の既刊を全て読み終えた。ちょっとした達成感がある。

『キング・コングのライヴァルたち』 M・パリー編 ハヤカワ文庫

●『キング・コングのライヴァルたち』 M・パリー編 ハヤカワ文庫 読了。

 フィリップ・ホセ・ファーマーキング・コング墜落のあと」は、キング・コング事件が現実に起きたという設定で、事件に関係した人間達の右往左往と、事件に関係なく営まれる日常とを回想形式で描く。それぞれのディテイルが面白い。

 ヒュー・B・ケイヴ「白い猿の儀式」は、速いテンポでカタストロフに向かって突き進む秀作。アフリカの現地人とのトラブルから悪夢が……というジャングル怪談の定石が上手くはまっている。

 第三部「王座をねらう者たち」は、巨猿以外のモンスターが登場する五編。バラエティ豊かで楽しい。そのなかで気に入ったのはヘンリー・カットナー「花と怪獣」とP・シュライヤー・ミラー「卵」で。前者は結末も含めてありがちな分かりやすさが、後者は馬鹿々々しくなる寸前の壮大さがいい感じ。

『魔術師が多すぎる』 R・ギャレット ハヤカワ文庫

●『魔術師が多すぎる』 R・ギャレット ハヤカワ文庫 読了。

 科学技術の代わりに魔法が幅を利かしている現代ロンドンで、魔法によって封印された部屋で起きる密室殺人。謎解きミステリとして成立するように、魔法でできることにきちんと制限を設けてある。それらの設定を読むのが楽しい。

 黒魔術で人を殺せるのか。魔法で封印された部屋は魔法で解除できるのか。窓から空中浮揚で脱出すれば密室ではなくなるのでは。といったミステリから逸脱する要素を、ミステリの形に落とし込むよう丁寧に作り込んである。

 解決はあくまでロジカルなもので、伏線もちゃんとしている。それよりも感心したのは犯人設定で。この立ち位置と物語との関係は、意外性の演出としてちょっとしたもの。この属性と物語との関係は、作品の(伏字)と結びついており、こちらもいい感じ。

『探偵小説五十年』 横溝正史 講談社

●『探偵小説五十年』 横溝正史 講談社 読了。

 ちゃんと読んでない気がしたので、読んだ。「途切れ途切れの記」正・続編が面白い。読みながら数々の「たられば」を想像していた。乱歩との相性がもう少し悪く、「トモカクスグコイ」の電報がなければ、正史は投稿好きの薬屋の親父として生涯を終えていたかもしれない。「不知火捕物双紙」を持て余し気味だった正史に、乾信一郎と吉沢四郎とが前向きな手紙をよこさなければ、人形佐七は生まれなかったかもしれない。

 今私がこうやって横溝作品を楽しんでいられるのも、そんな数々の分かれ道を経てたどり着いた結果なのである。読み手の私の方も、昔の横溝ブームに流されてハマッていなければ、今の楽しみはなかったであろう。早いものであの頃からは四十年近く経ってしまった。

『秘められた傷』 N・ブレイク ポケミス

●『秘められた傷』 N・ブレイク ポケミス 読了。

 二部構成の前半は、言っちゃあ悪いが特に特徴のないメロドラマ。祖国アイルランドを訪れた英国人作家が、ふとしたことから西部の寒村に滞在することになる。そこでの日々の生活と、周囲の人々との関係が語られる。

 でも読後感は悪くない。その理由はふたつ。ひとつは、そうくるか、という結末の処理。もうひとつは、あるふたりの人物の造形。ちょいと凄味があって悪くない。ひとりは犯人なので凄味があって当然のようなものだが、動機も含めて方向性が気に入った。

『怪盗ニック全仕事2』 E・D・ホック 創元推理文庫

●『怪盗ニック全仕事2』 E・D・ホック 創元推理文庫 読了。

 気に入った作品は以下のようなところ。何を盗むかこそがポイントの「空っぽの部屋から盗め」、伏線がしっかりしている「サーカスのポスターを盗め」、展開の起伏がお見事な「石のワシ像を盗め」。

「バーミューダ・ペニーを盗め」は、(伏字)という真相にはあまり感銘を受けなかったけれども、序盤の不可能興味が楽しいし微妙な伏線も好みである。

 泥棒行為よりも殺人とその解明の方に軸足を置いた「ヴェニスの窓を盗め」や、真相がちょいと凄味な「海軍提督の雪を盗め」も捨て難い。

 別口で面白かったのが「シャーロック・ホームズのスリッパを盗め」で。ホテルの集客施設であるホームズの部屋に展示してあるペルシャスリッパを、依頼人が欲しがる理由が気が効いてる。ホームズ譚に沿った展開もいい感じ。

『甲賀三郎探偵小説選IV』 論創社

●『甲賀三郎探偵小説選IV』 論創社 読了。

 メインの長編「姿なき怪盗」は、起伏が激しく展開の早い快作。細けえこたあいいんだよの精神で、甲賀三郎の筆に流されていけばよろしい。あえて書くなら、敵の首領がほとんど背景に退いているので、主人公対悪漢の闘争劇という側面がちと薄い気はする。面白かったので、獅子内俊次ものをもっと読みたくなった。

「妖鳥の呪詛」は佳作。犯人設定も、犯行手段も、伏線も、なかなかのものである。かなり荒っぽい部分があるが、それが甲賀三郎の持ち味なのだから気にならない。「情況証拠」と「波斯猫の死」とに盛り込まれたアイデアも、ちょいと感心した。

 同時収録の深草淑子作品集では、「嫁釣り」が秀逸。わずか一ページほどの分量でここまでしっちゃかめっちゃかな情況を書けるのが凄い。

●書店に寄って、取り寄せを依頼していた本を受け取ってきた。
『怪獣男爵』 横溝正史 柏書房
 ついに刊行が始まった「横溝正史少年小説コレクション」の第一巻である。このシリーズは全七巻の予定で、初出誌・初刊本に準拠したテキスト、初刊本の挿絵を多く収録、さらに解説と資料とが充実しているという大変な好企画である。もちろん全巻買うし、せいぜい応援したい。嬉しいから柏書房の該当ページにリンクを張っちゃおう。

●今月の総括。
買った本:十三冊
読んだ本:十一冊
 甲賀三郎は来月に持ち越すつもりだったが、予想外にさくさく読めた。

『ベッドフォード・ロウの怪事件』 J・S・フレッチャー 論創社

●『ベッドフォード・ロウの怪事件』 J・S・フレッチャー 論創社 読了。

 まず、物語を転がす原動力として偶然を積極的に活用する作風を、それこそがフレッチャーだと受け入れることにする。せっかく買った本なのだから、少しでも楽しめる読み方をした方がいい。

 偶然の例としては、副主人公の刑事が通りすがりに見かけたパブに入る。そこで事件について思案していると、後から入ってきた見知らぬ客が偶然事件の関係者だったことから、捜査の足掛かりを得る。あるいは、主人公の青年が人を探しに出かけた街でのこと。具体的な手がかりがないのでとりあえずホテルで朝食をとっていると、窓の外を事件の関係者が車に乗って偶然通り過ぎたことから物語が進展する。

 フレッチャーはそういうもんだと受け入れてしまえば、さくさく進む展開がそれなりに面白い。事件の背景が徐々に明らかになってゆく妙味はある。真相は、伏線は、などと考えることもなく、作者の筆に運ばれるまま結末にたどり着けばいいのだ。

●注文していた本が届いた。
『白昼鬼語』 谷崎潤一郎 光文社文庫

「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクト第十四回

●「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクトの第十四回として、第三巻の続きを読む。今回は「歸つて來たシヤアロツク・ホウムズ」から、前半の七編を読んだ。訳者は上塚貞雄である。「空家の冒險」にて、バリツのことを「柔術即ち日本流のレスリング」と訳してある。

 今更感想でもないので、コメントは少しだけ。「シ・エイ・ミルヴァートン事件」によると、ホームズは暗闇でも眼が見えるという。徐々に会得していった特殊能力だというが、山田風太郎の忍者みたいだ。

「ノーウッドの建築師」は、真相、動機、伏線と、よく整ったミステリ短編の秀作。あまりに整い過ぎて、ホームズ譚らしくないと思うほど。(伏字)のはいくらなんでも無茶だが、そこをツッコむのは野暮であろう。「三人の學生」もシンプルで整った佳作。

『忘られぬ死』 A・クリスティー クリスティー文庫

●『忘られぬ死』 A・クリスティー クリスティー文庫 読了。

 章立てが秀逸。第一章は、一年前に自殺した姉ローズマリーのことを妹アイリスの視点で回想する。姉は全てを手に入れていた。美貌も、優雅な身のこなしも、財産も、幸せな結婚も。ところが二章以降視点人物が変わると、ローズマリーの人物像ががらりと変わって負の側面が見えてくる。深みが増すどころか、浅さがあからさまになってゆく。

 事件の枠組みは早い段階で提示される。レストランの同じテーブルについていた六人の中に犯人がいる。そこで読みどころは、枠組みの中で意外性を演出するのか、それとも結末に至って枠組みそのものをひっくり返して見せるのか。クリスティーのお手並み拝見である。で、結末は、うん、これは素晴らしい。

●書店に出かけて本を買う。
『マーチン・ヒューイット【完全版】』 A・モリスン 作品社
『短編ミステリの二百年5』 小森収編 創元推理文庫

 光文社文庫谷崎潤一郎は棚になかったので、通販で取り寄せを手配した。