累風庵閑日録

本と日常の徒然

『シャーロック・ホームズの失われた災難』 J・マキューラス他編 原書房

●『シャーロック・ホームズの失われた災難』 J・マキューラス他編 原書房 読了。

 クイーン編のアンソロジーシャーロック・ホームズの災難」に、様々な理由から採用されなかったホームズパロディやパスティシュを集めた作品集である。

 歴史的アンソロジーの補遺というだけで、読んでみたくなるではないか。だが実際に読んでみると、あまりに短くあまりに他愛ない作品がちょいちょい含まれている。質よりもテーマを優先したアンソロジーになっているようだ。もちろん、まず読めること、日本語で読めることに大きな意義があるのは言うまでもない。

 チャールトン・アンドルーズ「マイクロフトの英知」は、わずか二十ページ少々の作品が三部構成になっていて、それぞれ別の謎をマイクロフトが解いてみせるパロディ。第二部の、暗号ミステリを笑い飛ばしたようなネタが馬鹿馬鹿しくて面白かった。

 エドマンド・ピアスン「ディケンズの秘本」は、謎とその解決という首尾が整っている。コントみたいな掌編が続くと、ともかくもミステリになっているだけで面白く感じてしまう。

 J・ストーラー・クラウストン「正直な貴婦人」は、途中からぐにゃぐにゃになってゆくワトスンの言動とパロディならではの真相とが奇天烈な面白さ。

 ジェイムズ・フランシス・チェリ「十一個のカフスボタン事件」は、百五十ページの中編。誇張された人物とシチュエーションのもとで繰り広げられるパロディである。盗まれたカフスボタンを巡る事件の真相は、なかなかに素っ頓狂なもので。ただ、似たようなパターンの繰り返しが続いて冗長なのにはちと閉口だけれども。いっそこの作品を原作にして、コメディタッチのミステリ映画に仕立てたらテンポよく楽しめるかもしれない。

●書店に出かけて本を買う。
『不吉なことは何も』 F・ブラウン 創元推理文庫
オタバリの少年探偵たち』 C・D・ルイス 岩波少年文庫

 後者は、ニコラス・ブレイクが本名で書いたジュブナイルミステリである。幼少期に実家にあった本で、当時は縁がなくて読まないままになっていたのを、今になって読んでみたくなった。

●くまもと文学・歴史館さんから、お願いしていた『横溝正史乾信一郎宛)書簡目録』が届いた。新発見の書簡二百七十二通全てを年代順に並べて概要を記したもので、これはじっくり読みたい。本格的な書簡集も、ぜひ実現して欲しいものである。

『中国黄金殺人事件』 R・V・フーリック 三省堂

●『中国黄金殺人事件』 R・V・フーリック 三省堂 読了。

 互いに関係があるようなないような複数の事件が、同時並行で語られる。それぞれをただ解決するだけではなく、意外な方向に発展させてから最後はきちんと決着を付けてみせる作者の構成力がお見事。

 大量の伏線が広範囲に散りばめられていて、中にはこんな箇所のこんなさりげない記述が伏線だったのか、という驚きもある。この点も作者の構成力の現れだろう。事件の結末だけでなく、物語としての幕切れも上出来。

 フーリックを読むのは三冊目である。過去二冊によってなんとなく味わいを分かったつもりで手に取ったのだが、予想を上回る秀作であった。

『ダーク・デイズ』 H・コンウェイ 論創社

●『ダーク・デイズ』 H・コンウェイ 論創社 読了。

 主人公が過去を回想した手記という体裁である。彼がなかなか熱い人物で、ほとばしる感情を叩き付けるように記している。文章の熱量がただ事ではない。ヒロインがこれまた感情が強く、主人公の熱に熱を加えて大変なことに。

 十九世紀の作品だからまどろっこしいだろうという先入観はいい意味で裏切られ、物語は意外なほどスピーディーだし、冗長な会話も少ない。その上この熱量で、ぐいぐい読まされてしまう。

 結末はありがちと言えばありがちで、早い段階で予想がついてしまう。だが、そこに至るまでの展開は予想できなかったので不満はない。関連する情報の扱い方が意外でちょっと面白い。

 全体として期待を大きく上回る秀作であった。ところで、巻末の訳者あとがきに興味深い記述がある。明治期の翻案小説の復刊と原作の新訳とが、「早稲田文庫プロジェクト」という名称で進行中だというのだ。すでに丸亭素人の「鬼車」がオンデマンド出版で刊行されている。今後の活動の成果に期待したい。

 

『子供たちの探偵簿2 昼の巻』 仁木悦子 出版芸術社

●『子供たちの探偵簿2 昼の巻』 仁木悦子 出版芸術社 読了。

 収録作中のベストは「倉の中の実験」で、本好きの登場人物の顛末が身につまされるし、奇妙な展開も記憶に残る。他に気に入った作品は、伏線と構成とに感心した「うさぎを飼う男」と「悪漢追跡せよ」、なんだか染み入るような老人小説「老人連盟」、といったところ。

●書店に寄って本を買う。
『ヨルガオ殺人事件』 A・ホロヴィッツ 創元推理文庫
 上下巻なので、これで二冊買った勘定である。

『邪悪の家』 A・クリスティー クリスティー文庫

●『邪悪の家』 A・クリスティー クリスティー文庫 読了。

 真相は、早い段階でふと思い浮かんだので意外さを感じなかった。随分素直なミステリだと思ってしまう。騙された方が楽しめただろう。

 読者を迷わす構造として、(伏字)ことがちょっと面白い。ポアロが真相に気付くきっかけも、散りばめられた伏線も、全体はよく整っている佳編である。

●書店に寄って本を買う。
『アクナーテン』 A・クリスティー クリスティー文庫
 新刊当時は、作品掲載のミステリマガジンを買ってあるから本は買わなくていいと思っていた。だが今になって欲しくなった。

●今回書店に行った本来の目的は、双葉文庫の新刊の泉鏡花を確認することにある。巻末の注記によれば、以前ちくま文庫から出た『黒壁』の改題だそうで。そっちは買ってあるので、すでに読める状態にあるということだ。という訳で双葉文庫は買わずに立ち去る。

『結婚って何さ』 笹沢左保 講談社文庫

●『結婚って何さ』 笹沢左保 講談社文庫 読了。

 密室殺人がからむ巻き込まれ型サスペンス、と思っていたら意外なほどの広がりを見せる。展開に起伏があってすいすい読めるし、(伏字)ネタの真相には満足。伏線のさりげなさも気に入った。

 読んでいる間は、中盤で大きな偶然に頼っている点が気になった。けれどもその部分については後で一応の説明がしてある。このくらいの説明があればまずまずである。

『リュパンの冒険』 M・ルブラン 創元推理文庫

●『リュパンの冒険』 M・ルブラン 創元推理文庫 読了。

 リュパンシリーズはあまり読んでいないのだが、そんな状態でイメージするいかにもシリーズらしい味わいである。実際、巻末解説にも「リュパン物語の特色をすべて盛り合わせた観」とある。この小説は戯曲のノベライズだそうで。だからこそ、単独で観客に世界観を伝える必要があったのかもしれない。

 クライマックスでの、ゲルシャール刑事部長とリュパンとの心理闘争がちょっとしたサスペンスがあって読ませる。終盤のメロドラマパートがちとまどろっこしいが、それは私の好みの問題で作品の質の話ではない。典型好きの私としては楽しめた一冊であった。

 原作である戯曲版は、七年前に論創社の『戯曲アルセーヌ・ルパン』で読んだ。ほとんど忘れているのはいつものことで、ぼんやりと面白かった記憶だけが残っている。

●注文していた冊子が届いた。
『矮小人殺人事件』 L・ブルース 湘南探偵倶楽部
土耳古石のボタン』 B・オルツィ 湘南探偵倶楽部
『斧とモルフィネ』 大下宇陀児 湘南探偵倶楽部

『毒の神託』 P・ディキンスン 原書房

●『毒の神託』 P・ディキンスン 原書房 読了。

 よくもまあ、これだけ設定を作り込んだものだ。独自の言語と文化とを持つ架空の沼族、単語カードによって人間と意思疎通ができるチンパンジー、奇妙な宮殿に住む砂漠の王族。主人公のイギリス人と、これら異文化に属する人そして猿とのコミュニケーションに多くのページが割かれている。

 冒頭に翻訳メモとあるのは、作者のディキンスンが沼族の言語を英語に翻訳するに際して記したという設定である。沼族の挨拶の言葉「ぬしの水牛を我が溜まりに休ませるがよい」は、たったひとつの複合語より成る、だそうで。設定マニアの嬉々とした姿が目に浮かぶようだ。

 こんな突拍子もない舞台設定ではちゃめちゃな展開がつづられるのに、ミステリとしての構成がしっかりしていることに驚く。伏線が散りばめられ、最後にいかにもミステリらしい真相が明かされる。特異なチンパンジーが登場する意味も、きちんと設けられている。

 癖の強い作家だから立て続けに読むことはできないけれども、いずれ手元にある何冊かを読むのが楽しみである。

●応募していた、春陽堂書店の『完本人形佐七捕物帳』全巻購入特典の冊子が届いた。「影右衛門」と「人魚の彫物」の、未発表改稿バージョンである。原稿用紙のまま残されていたのを翻刻したという。素晴らしい。

●書店に寄って本を買う。
『皮肉な結末』 R・レヴィンソン&W・リンク 扶桑社ミステリー

●定期でお願いしている本が届いた。
『ダーク・デイズ』 H・コンウェイ 論創社

『蛇は嗤う』 S・ギルラス 長崎出版

●『蛇は嗤う』 S・ギルラス 長崎出版 読了。

 舞台は北アフリカのタンジール。馴染みのない土地の魅力はあるが、中盤までの展開は割と平板。ところが事件が起きてからは快調に読める。伏線も意外性の演出も上々だし、いろいろな要素が納まるべきところに収まった真相も満足である。

 個人的な好みとしては、事件のキーとして(伏字)を使っている点が特に気に入った。読者を間違った方向に誘導するのに、人物造形がきちんと有効に働いている点も評価したい。そつなく書かれた秀作であった。