累風庵閑日録

本と日常の徒然

『サンセット77』 R・ハギンズ ポケミス

●『サンセット77』 R・ハギンズ ポケミス 読了。

 私立探偵スチュアート・ベイリーが主人公の中編が三編収録されている。詳しくは知らんが、もとはテレビドラマらしい。とはいっても、本書はノベライズではないそうな。

 第一話「死は雲雀に乗って」がなかなかの秀作。太平洋上をロスアンジェルスからハワイに向けて航海しているヨットで殺人が起きる。乗っていたのは五人で、うち一人が被害者、一人がベイリーである。残る三人のうち犯人は誰か。ぎりぎり最後まで真相は見えないし、その真相は予想外で、こいつはやられたと思う。序盤にさらりと伏線が仕込んであるのもいい感じ。

 第二話「殺人ベッド」もちょっとしたもの。朝目覚めたら死体とふたりきりで密室内にいるはめになっていたベイリー。自らの殺人容疑を晴らすために、警察の追求を逃れながら事件に取り組む。真相はやや腰砕けの感があるし強引でもあるが、その真相を成立させるための道具立てに感心した。

 第三話「闇は知っていた」は、人の出入りのない部屋で殺人が発生したが、凶器はどこからも見つからないという事件。真相はいまひとつだが、謎の設定は魅力的。

 軽ハードボイルドかと思って手に取ったら、意外にもストレートなパズラーの味があって、これは拾い物であった。面白かった。

ギブアップ

●昨日読み始めた本を途中でギブアップした。もうしんどくて読めない。具体的な書名は避けるが、初刊本の帯には「探偵人情ばなし」と謳ってあったという。私の嫌いなお涙頂戴式湿っぽさがないのは助かるけれども、それでもしんどい。

 どこにでも転がっているような人の世の哀しみが、ありふれているからこそストレートに迫ってくる。現実世界の辛さ哀しさやりきれなさを、追体験したくて本を読んでいるんじゃないのだよ。

 これでミステリ風味が強ければまだ先を読む気になるのだが、作者の力点がそっちにはないようで。この本は持っていなかったことにして、今日から別の本を読み始めた。これがちょいと快調で嬉しい。さっさと見切りをつけて、本を乗り換えて正解であった。

●注文していた本が届いた。
『不思議の達人(下)』 G・バージェス ヒラヤマ探偵文庫
『謎の無線電信』 ヒラヤマ探偵文庫

●今月の総括。
買った本:十二冊
読んだ本:十一冊

「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクト第二十四回

●「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクトの第二十四回として、第五巻から中編「マラコット深海」を読んだ。訳者は和気律次郎である。

 予備知識なしで手に取った。海洋冒険小説のつもりでいたら、なんと主人公が遭難してから始まる(伏字)ネタだったとは。奇怪な深海生物が襲ってくる描写が、モンスター小説めいて楽しい。終盤の、異様で急激な風呂敷の広げっぷりが、バカバカしさすれすれでこれまた楽しい。

 以下、余談。どこで見かけたか忘れたけれども、この作品を評して「深海を舞台にしたスペースオペラ」だという。こういう評言が出てくること自体にちょっと感心した。それまでの本や映画といった蓄積があるからこその例えなわけで。私はスペースオペラに馴染みがないので、この作品と結びつける発想は浮かんでこない。いかなる本であれ、読み手の器の範囲内でしか読めないのだ。

『闇の展覧会-罠』 K・マッコーリー編 ハヤカワ文庫

●『闇の展覧会-罠』 K・マッコーリー編 ハヤカワ文庫 読了。

 怪奇小説アンソロジーの第二巻である。ラッセル・カーク「ゲロンチョン」は、完全無欠なる邪悪を体現する闇の司祭ゲロンチョンの恐怖を描く。こちらでいろいろ解釈が必要な捻った作品よりも、こういったストレートな味の方が好みである。T・E・D・クライン「王国の子ら」もしっかり書き込まれたオーソドックスなホラーで、ラヴクラフトを踏まえたなかなかの好編。

 レイ・ブラッドベリ「見えざる棘」は、将来の破綻につながるはずの、日常生活のどこかに刺さっている見えない棘、という話。相手を理解していると思っていた認識がふとしたことで揺らぎ、不安感がじわりと迫る。

 エドワード・ゴーリー莫迦げた思いつき」やゲイアン・ウイルソン「罠」の不気味さもいい。

横溝正史エッセイコレクション

●予約していた本が入荷したという連絡をもらったので、受け取ってきた。
横溝正史エッセイコレクション1』 柏書房
横溝正史エッセイコレクション2』 柏書房
横溝正史エッセイコレクション3』 柏書房

●ついでに、その書店で見かけた本を衝動買い。
『小説バスカヴィル家の犬』 たかせしゅうほう 宝島社文庫
 国内のホームズパスティシュはもう買わないつもりだったのだが、なんとなく買ってしまった。

『悪魔の素顔』 中林節三 榊原出版

●『悪魔の素顔』 中林節三 榊原出版 読了。

 ヌードモデルの不審な自殺とストリッパーの誘拐事件に、明石弁護士が挑む。謎の美女マタマ夫人は、事件にどう関わっているのか。マタマとは、真珠をそう読ませているそうで。

 刊行は昭和三十三年である。内容は時代を感じさせるエロティックアクションスリラーといったところ。肌色多めのシーンがあってアクションシーンがあって、はたまた四畳半ラブコメのようなエピソードもあって。

 会話が多く改行が多い。主人公の陽性なキャラクターのおかげもあって実に軽くて読みやすい。消閑小説の佳品であつた。面白かった。

●二方面に注文していた本がそれぞれ届いた。
『Re-ClaM vol.8』
『死への召喚』 L・ブルース 湘南探偵倶楽部

『誰がロバート・プレンティスを殺したか』 D・ホイートリー 中央公論社

●『誰がロバート・プレンティスを殺したか』 D・ホイートリー 中央公論社 読了。

 捜査ファイル・ミステリーの第二巻である。今回は関係者の手紙を中心に構成されており、捜査ファイルと名乗るのはちと苦しい。前書きによると、この変更は著者自身の意向らしい。二番煎じが嫌だったとのことだが、シリーズ最大の特徴を変えてしまうのがどうも解せぬ。

 一冊の本の構成としては前作『マイアミ沖殺人事件』の方がスマートだが、今回作り方を変えたことで展開に起伏が出て、読んで面白いのはこちらであった。だが反面、普通のミステリ中編に近づいてしまったのが、せっかくのシリーズなのに惜しいと思う。

 探偵役は前作と同様にシュワッブ警部補である。彼が真相に思い至った手掛かりがふたつあって、ひとつはなんと(伏字)だそうで。そりゃあないよ、と思う。この手掛かりを読者が利用するのは無理である。

 もうひとつは実に些細なもので、そんなの気付くわけないだろうと思わないでもない。だが、(伏字)に馴染みのある文化圏の読者ならあるいは気付くのかもしれない。また、このネタを証拠の実物を使わずに文章だけで表現するのはかなり難しいだろう。その意味では趣向が効いていると言っていい。

 読者が巻末の袋閉じを開く前に真相を再構成するには、情報の量がちと心細い。読者に推理を促すゲーム小説の態でいながら、実際のところ作者にそのつもりはなかったのかもしれない。それはそれとして、上記のようにミステリとしての面白さはあって、解決部分の流れがいい感じ。

『怪盗ニック全仕事5』 E・D・ホック 創元推理文庫

●『怪盗ニック全仕事5』 E・D・ホック 創元推理文庫 読了。

「クリスマス・ストッキングを盗め」は、ニックシリーズでクリスマスストーリーを書くとなるほどこうなるのか、という佳品。「マネキン人形のウィッグを盗め」は、今何が起きているのかの興味で読ませる秀作。主筋と脇筋との関係に妙がある。

「レオポルド警部のバッジを盗め」は、ひねった設定ではあるが根本の部分は殺人犯を探す王道のミステリ。被害者が存在すること自体が犯人を絞り込む材料になっているロジックが秀逸。

「禿げた男の櫛を盗め」は、人の心の闇が見え、人生の長さをうかがわせるヘヴィーな作品。実在の人物と書店とが登場する「錆びた金属栞を盗め」は、番外編的な楽しさがある。

 収録作中のベストは「消印を押した切手を盗め」であった。冒頭の死体の奇妙さも、真相が(伏せ字)ネタであることも高ポイントである。ちょっとした人間模様が盛り込まれているのも味わい深い。

『口笛探偵局』 仁木悦子 出版芸術社

●『口笛探偵局』 仁木悦子 出版芸術社 読了。

仁木悦子少年小説コレクション」の第二巻である。主人公が悪漢の悪だくみに気付く。危機感を抱いた悪漢が主人公を襲い、殺そうとする。危ういところで助けが駆け付けめでたしめでたし。というパターンがやけ多くて、残念ながら途中で飽きてきた。まとめて一気に読むものではないのかもしれない。

 いくつかの作品にコメントを付けておく。「あした天気に」は設定がちょっと面白い。動物町の動物達が主人公のほのぼの童話。猫のミケ子ちゃんは鼠さんが大好き。好き、というのは美味しいという意味である。

「まよなかのお客さま」は、挿絵の異様さが目を引く。他の作品で収録されている挿絵は、いかにも昔の学習雑誌の読み物に付けられているような絵柄なのに。

●注文していた本をコンビニで受け取る。
『振袖小姓捕物控 第二巻』 島本晴雄 捕物出版

『霧に溶ける』 笹沢左保 光文社文庫

●『霧に溶ける』 笹沢左保 光文社文庫 読了。

 これは傑作。事件の広がりっぷりが大変なものである。それぞれの事件に興味深い状況が設定されているし、解決もシンプルで効果的。なにより、奇怪奇天烈な真相が素晴らしい。

 前半のある描写にちょっと違和感があったので、(伏字)が事件にかかわっている可能性を考えてはいた。だがまさかこんな着地点に至ろうとは、完全に想像の外であった。

●書店に取り寄せを依頼していた本を受け取ってきた。
ボンベイのシャーロック』 N・マーチ ポケミス