累風庵閑日録

本と日常の徒然

『狙った獣』 M・ミラー 創元推理文庫

●『狙った獣』 M・ミラー 創元推理文庫 読了。

 心に闇を抱えた主人公が、同じく闇を抱えた過去の友人に付け狙われる。かの人物の狂気は深く憎しみは強く、周囲にまで不安と恐れとを撒き散らし、悲劇を拡散してゆく。主人公の知人が依頼を受けて相手を探し始めるが、探索の過程で出会う関係者の多くもまた、闇を抱え歪んでしまっているのであった。

 戦争が終わって十年、安定と繁栄とを謳歌するアメリカの影の部分に蠢く人々を描いて緊迫感が凄まじい。結末はなんとなく想像できたけれども、これだ、と思う。これがマーガレット・ミラーだ。傑作である。

『Gストリング殺人事件』 G・R・リー 国書刊行会

●『Gストリング殺人事件』 G・R・リー 国書刊行会 読了。

 真相はどうもとっ散らかっているし、(伏字)することで意外性を演出する手法は私の好みではない。(伏字)という情報を結末近くまで読者に伏せているのも、ずっこけてしまう。個人的読後感としては、読めることに意義のある作品。汎書房版が手元にあるので、国書刊行会版が出なくても読める態勢ではあったのだが、それはまた別の話。

 上記の感想はミステリとしてであって、全体としてつまらないわけではないのだ。劇場に勤める踊り子、裏方、マネージャーだけでなく、出入りの業者や周辺人物まで活き活きと描かれている。八十年前の外国の、バーレスク業界の日常が面白くてすいすい読める。まず読んで面白いってえのは、大事なことである。もう一点、冒頭の炉辺談話にて代作問題に結論を出しているのが勉強になった。

『新青年傑作選 第一巻 推理小説編』 中島河太郎編 立風書房

●一夜明ければ新玉の春でございます。本年もよろしくお付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます。

茨城県古河にて年を越す。自宅から遠すぎず近すぎずの距離で手頃なビジネスホテルがある土地、ということで選んだので、この街に何も用事はない。大浴場で朝風呂を浴び、ホテルの朝食をたっぷり喰い、八時にチェックアウト。今日はもうどこにも寄り道せずまっすぐ帰宅する。

●ホテルの部屋で、『新青年傑作選 第一巻 推理小説編』 中島河太郎編 立風書房 を読了。

 収録作中のベストは海野十三「三人の双生児」であった。極めて異常でグロテスクな物語が、内容の割にやけに明るいトーンでつづられる異様さ。この軽みは作者の持ち味か。

 私がミステリに期待するのは、伏線、ロジック、そして短編の場合は切れ味、といった要素である。そういう点で、再読でも十分面白かったのが葛山次郎「赤いペンキを買った女」、大阪圭吉「三狂人」、守友恒「死線の花」、横溝正史「探偵小説」といったところ。江戸川乱歩二銭銅貨」は、何度読んでも青年乱歩の才気がきらめくようだ。久生十蘭ハムレット」は別格の、凄みのある傑作。

●今年の展望を書いておく。

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◆本は、最低でも百冊は読みたい。月十冊平均で百二十冊も読めれば上出来である。

◆論創海外ミステリは、遅くとも刊行の翌月には読むペースを維持したい。最近ちっとも刊行されない論創ミステリ叢書も、出たら出たで早めに読む。国書刊行会の奇想天外の本棚は、今のところ三冊遅れをとっている。これもせいぜい早めに読みたいけれども、追いつけるかどうかは分からない。

 原書房のヴィンテージ・ミステリー・シリーズを、十冊は読みたい。本日読み終えた新青年傑作選を、できればもう一冊読みたい。改造社のドイル全集は、残すところあと二冊である。これは今年読破したい。臨川書店ウィルキー・コリンズ傑作選は、残すところあと四冊である。これも今年読破したい。

◆今年は横溝関連のイベント、企画、同人誌がいろいろ動く年である。せいぜい参加したいし、積極的に関わりたいし、精一杯楽しみたい。

◆旅行は、すでに動き出している計画がひとつある。切符は購入済みだしホテルも予約した。他にもちょいと遠方への旅行を考えている。この二カ所が今年の旅行計画の大ネタである。温泉にも何度か泊まりに行きたい。でもたぶん、旅行関連の話題は公開日記には書かない。

今年の総括

●年内最後の更新である。今年の総括をやる。

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◆今年一年間で
買った本:百八冊
読んだ本:百三十二冊

◆読んだ本の中から特に面白かったもの、記憶に残ったものを挙げておく。順位もコメントも無し。
・『正義の四人/ロンドン大包囲網 E・ウォーレス 長崎出版
・『大聖堂の殺人』 M・ギルバート 長崎出版
・『捕虜収容所の死』 M・ギルバート 創元推理文庫
・『幽霊の2/3』 H・マクロイ 創元推理文庫
・『悪魔はすぐそこに』 D・M・ディヴァイン 創元推理文庫

・『水晶の栓』 M・ルブラン ハヤカワ文庫
・『眠れる美女』 R・マクドナルド ハヤカワ文庫
・『ブルー・ハンマー』 R・マクドナルド ハヤカワ文庫
・『闇の展覧会-霧』 K・マッコーリー編 ハヤカワ文庫
・『二百万ドルの死者』 E・クイーン ハヤカワ文庫

・『雷鳴の夜』 R・V・ヒューリック ポケミス
・『永久の別れのために』 E・クリスピン 原書房
・『ようこそウェストエンドの悲喜劇へ』 P・ブランチ 論創社
・『アバドンの水晶』 D・ボワーズ 論創社
・『アーマデイル』 W・コリンズ 臨川書店

・『團十郎切腹事件』 戸板康二 創元推理文庫
・『霧に溶ける』 笹沢左保 光文社文庫
・『都市の迷宮』 鮎川哲也島田荘司編 立風書房
・『腹話術師』 三橋一夫 出版芸術社

◆横溝関連では、なにかと盛り上がった一年であった。本の話題としては柏書房のエッセイコレクション刊行と、正史にも関連がある春陽堂書店の合作小説コレクションの刊行開始が、個人的には双璧である。もう一点、倉敷市の「1000人の金田一耕助」が三年ぶりに開催されたことも大きなトピックである。

 ファン活動としては、多くの方々のご協力をいただいて同人誌『偏愛横溝短編を語ろう』を刊行したし、他の同人誌にもいくつか原稿を載せていただいた。また、横溝正史読書会を四回開催した。ありがたいことである。

◆日記では公開していないけれども、ちょいちょい旅行に出かけた。行き先は四国、三陸沿岸、富山、山形、岡山、日光、といったところ。温泉にも何度か行けた。他に、遊山旅行ではないけれども所用で福岡に行ったし、大阪文学フリマにも参加した。

善意の代償

●国内ミステリアンソロジーをゆるゆると読み始めた。傑作選である。ということはつまり、すでに様々なアンソロジーや個人短編集に収録された作品が選ばれているわけで。大半は既読であるが、せっかくだからそれらも再読する。読了は来年に持ち越し。

●書店に出かけて本を買う。
『誰?』 A・バドリス 国書刊行会
シャーロック・ホームズ 10の事件簿』 T・デドプロス 二見書房

●定期でお願いしている本が届いた。
『善意の代償』 B・コッブ 論創社

『赤屋敷殺人事件』 A・A・ミルン 論創社

●『赤屋敷殺人事件』 A・A・ミルン 論創社 読了。

 作品を読むのは四回目。あかね書房の子供向け訳と創元推理文庫と、横溝訳のテキストをこれで二回。さすがに少々作業感があったのは否めない。以下、三年前に横溝訳を読んだ時の日記を再掲しておく。

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 なかなか楽しい。抄訳のおかげか、展開がスピーディーで楽しい。探偵役のギリンガムもワトスン役のビルも明朗快活で、ふたりの掛け合いが楽しい。ギリンガムが一人で考えたりビルと話し合ったりで、事件についてあれこれ検討する様子も楽しい。

 ミステリならではの視点がいくつも出てきて楽しい。たとえば、遠回りして駆け足で急ぐ、幽霊の出る場所、扉の影の記憶、道路から遠い農園、一度探した場所は二度探さない、など。途中で気付いてしまったので意外さは感じなかったけれども、それでもきちんと用意された「意外な」真相を読むのは楽しい。
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●注文していた本が届いた。
『密室の犯罪』 島久平 湘南探偵倶楽部

『九人の偽聖者の密室』 H・H・ホームズ 国書刊行会

●『九人の偽聖者の密室』 H・H・ホームズ 国書刊行会 読了。

 版元が原書房から国書刊行会に変わって再開された、「奇想天外の本棚」の第一巻である。面白かった。だが残念ながら今日はあれこれ感想を書く気力がない。一点だけ。メインのネタは立風書房『ミステリーの愉しみ 密室遊戯』に収録されている某短編にそっくり、とだけ書いておく。もしかしてこの長編が短編の元ネタだったりして。

●注文していた本が届いた。
『稲妻左近捕物帖 第三巻 風流合戦』

『アバドンの水晶』 D・ボワーズ 論創社

●『アバドンの水晶』 D・ボワーズ 論創社 読了。

 表面に見えている謎、すなわちなぜ犯人は(伏字)するのか? に対する答えが事件の全体像と直結している。結末で明らかになる、その回答の意味するところがなかなかに意外で、巧妙で、悪質であった。事件を捜査する警部は、この事件の鍵となったのは何よりも性格でした、と語る。登場人物達が活き活きと描かれ、彼らの造形が真相と結びついている辺りも、上手くて感心する。ミステリを読む喜びを感じさせてくれる上出来の作品であった。

●定期でお願いしている本が届いた。
『赤屋敷殺人事件』 A・A・ミルン 論創社
『ブラックランド、ホワイトランド』 H・C・ベイリー 論創社

 ミルンは横溝正史が訳したテキストである。こういうのが本になるとは、画期的なことだ。すでに三年前に初出誌のコピーで読了済みだが、軽快なこの作品ならもう一度読んでも楽しめるだろう。

『ドイル全集 第六巻』 C・ドイル 改造社

●「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクトの第三十一回。今回は第六巻から、「『北極星』號の船長」を表題作とする短編集パートを読む。「J・ハバカツク・ヂエフスンの話」は、かの有名なメアリー・セレスト号事件の真相はこうだ、という内容。ちょいちょい伏線を仕込んだミステリ仕立てになっている。「魂の入換へ」は、落語めいた馬鹿馬鹿しさが楽しいホラ咄。「小さい四角の箱」は、結末も含めてよく整ったサスペンスの佳作。

「シプリアン・オウヴアベツク・ウエルズ」はとぼけた味わいの好編。作家志望の青年がまどろんでいると、夢か現か、過去の文豪達が何人も目の前に現れた。彼らは青年に創作のインスピレーションを与えようと、リレー形式で物語を組み立て始めた。そこで語られる作中作の主人公の名前が題名になっている。「ジヨン・バリントン・カウルズ」は、一転して不気味な怪奇小説。読み手の想像を刺激する、安定した語り口がちょっとしたもの。

●これで第六巻を読み終えた。来年から第七巻を読むことにする。全八巻読破も見えてきた。

『ウォリス家の殺人』 D・M・ディヴァイン 創元推理文庫

●『ウォリス家の殺人』 D・M・ディヴァイン 創元推理文庫 読了。

 途中で予想外の情報が浮上して事件に新たな光が当てられ、それまで嫌疑の外にいた人物が急に注目され始める。登場人物の輪郭が次第に明確になり、ときには見えなかった側面が見え始め、人物相互の理解も関係も変わってゆく。ほんのチョイ役にもしっかりと人生を感じさせる設定が用意されている。読み進むにつれて人物像も物語自体も奥行きが深まってゆくのが、まず小説として面白い。

 解決部分で説明されていることだが、凄く微妙な書き方をしている食い違いが少なくとも三か所ある。犯人につながる重要な手掛かりである。そのうちひとつは私に知識がないので気付くことは不可能だった。他のふたつは、もしも注意深い読み方をしていれば気付いたかもしれない。もちろん私は気付かなかった。もう一点、犯人を限定する情報が実にさりげなく、しかしあからさまに書いてある。この辺の書き方はまったく上手いと思う。ディヴァイン、やっぱり面白い。まだ読み残しがあるから、先々楽しみである。

●注文していた本が届いた。
『不思議の探偵/稀代の探偵』 A・C・ドイル/A・モリスン 作品社
 特別限定付録の小冊子が嬉しい。