●この前の台風を避けて延期した温泉行きを、本日決行する。宮城県は鳴子温泉に行くのだ。まずは新幹線に乗って仙台までひとっ走り。仙台からは浮かれた観光列車「リゾートみのり」に乗る手筈である。あらかじめ座席の配置を調べて、窓側の指定席を買っておいた。ところがここでトラブル発生。なんと「みのり」の指定券をなくしてしまったのだ。気付いたのは新幹線に乗った後である。
往復の乗車券はある。行きの新幹線の切符もある。帰りの新幹線の切符もある。ところが、それらの切符と一緒にして持っていたはずの「みのり」指定券だけが選択的になくなっているのである。どうしてこんなことになったのか。昔の人なら妖怪の仕業にするだろう。
●仙台駅のみどりの窓口で確認してもらうと、現時点で「みのり」の空き席は通路側だけだという。次の普通列車に乗ると、到着が一時間ほど遅れる。通路側に乗ってもしょうがないし、十分余裕を持った行程を組んでいるので一時間の遅れは大した影響ではない。心情的な影響は大きくてかなりがっくりきたが、やむをえない、次の列車に乗ることにする。
●小牛田で十分の待ち合わせ。鉄の人には説明不要だが、小牛田は「こごた」と読む。陸羽東線の普通列車に乗り継いで、奥羽山脈へと向かう。そろそろ山がちになってきたかな、という頃には鳴子温泉駅に到着。車窓の風景は、視界の上半分が夏の空と夏の雲。下半分は眼前の田圃と遠景の山。青と白、そして圧倒的に力強い緑。これぞ夏の田舎である。
●今晩の宿の最寄駅は、実は一つ手前の鳴子御殿湯駅である。だが、温泉街を散歩しようと思ってあえて鳴子温泉駅まで乗り越した。そこから二キロ半の道のりをてくてく歩いたわけだが、はっきり言ってこの計画は間違いだった。
暑い!!!
山だから多少は涼しいだろうと思っていたら、とにかく暑いんでやんの。まかり間違えば熱中症になりかねない状況で、汗みどろになってどうにかこうにか旅館にたどり着く。
●旅館の建物も部屋の調度も、まあなんとも味のある佇まいで。悪くいえば老朽化しているのだが、いやいやそうではない。そうではなくて、時代を経た趣があるというのだ。ぴかぴか豪華な宿を求める向きには決してご満足いただけない宿である。
部屋のすすけ具合、壁の染みや壁土の剥がれ具合など、まるで田舎の親戚の、古びた民家の一室のようである。冷房設備がなく、窓を開けて網戸にしてある。そこから時折入ってくる涼風と、扇風機の風が火照った体に心地よい。近くの樹で鳴き競うミンミンゼミとツクツクボウシが、夏の気分を盛り立てる。そんな環境で、折り畳んだ座布団を枕にして、畳に直接寝っ転がって昼寝する心地よさといったら。小学生の頃の夏休みのようである。
●さて、一寝入りしたら風呂である。この宿の風呂はその筋には有名だそうで、薄黒い熱いお湯がコールタールのような異臭を発している。いかにも効きそうな強烈な温泉である。実際は短時間浸かってすぐに上がってしまったけれど。なぜならこんな暑いさなかに、もともと苦手な熱い湯になんて、そう長くは入ってられない。それに他人様の旅行記を読むと、成分が強すぎてすぐに湯当たりするというから、長湯は禁物である。
●宿に着いたのが一時半。一息ついて昼寝して、湯に入ったら三時。あとはもうゆっくりするだけである。昨日から読み始めた高木彬光の時代小説を読む。頭を空っぽにして読み飛ばせる通俗時代小説……のつもりで手に取ったわけだが、こいつが予想外に複雑な展開で、不可能犯罪めいた謎もあり、なかなか面白い。本に飽いたらまた昼寝して、ポメラでこの日の日記を書いて、あとはただぼんやりする。この空白がたまらん。
●そうこうしているうちに夕方になり、食事の時刻である。旅館飯に付き物の、固形燃料で加熱する小鍋がない。小鍋付きのお客さんもいたので、おそらく私の方はランクが下の料理であろう。だがむしろこっちの方が好ましい。全体で程良い量になっているし、内容も上々である。個人の感想ということになるが、ありきたりの旅館飯、よりはワンランク上である。
●寝る前にもうひとっぷろ浴びることにする。この宿は四種の異なる源泉を所有しており、今度は先程とは別の風呂に行ってみる。この湯殿の佇まいが、ちょっと言葉では表現できないのだが、実に素晴らしい。だが、湯は熱いし蚊もいたしでじっくりとその場の雰囲気を味わえなかったのがちと残念。
●風呂上がりのビールをぐいっと飲み干して、満ち足りた気分で就寝する。