累風庵閑日録

本と日常の徒然

『若殿浮世絵さばき』 城昌幸 桃源社

●『若殿浮世絵さばき』 城昌幸 桃源社 読了。

摂州尼ヶ崎四万石、松平遠江守の子息、若殿の千代丸が主人公。性快活で腕っぷしがたつが、堅苦しい武家暮らしがお嫌い。時折市井に出ては、巷の事件に首を突っ込んで退屈しのぎをしている。今日も今日とて、ある日眼にとまったあぶな絵に端を発した千代丸の活躍が始まる。悪辣な旗本の陰謀に敢然と立ち向かうのだ。展開も結末もありきたりの、絵に描いたような明朗時代劇である。どうやらシリーズものらしいが、私の好みとしては他の作品を探してまで読まなくてもいいかな。

表題作よりもむしろ、同時収録の短編「不破洲堂の恋」の方が面白かった。齢五十に達した、親代々の儒学者先生、不破洲堂。日々「子曰く」ばかりを繰り返してきた謹厳な人生を、ほとほと後悔している。茶屋酒を飲まず女遊びもせず、妻を娶らずいつの間にかうかうかと、人生の黄昏を迎えてしまった。俺の人生は何だったのか……

そこに現れた不気味な人物、姓は目比須戸、名は鰭蔵という。妖術でもって洲堂を若返らせ、何でも望みを叶えてやろうと持ちかける。

もちろん、
不破洲堂=ファウスト
目比須戸鰭蔵=メフィストフェレス
である。

輝く美貌の若衆になった洲堂先生、さてこれから人生のやり直しを、と喜んで出かけたは良かったが、たった三十ページで大した展開が書けるはずもなく。なんともあっけない尻切れトンボな結末がじわじわと可笑しい。