累風庵閑日録

本と日常の徒然

『旅人の首』 N・ブレイク ポケミス

●上野の国立博物館に「日本国宝展」を観に行ってきた。博物館到着は八時少し過ぎである。入場ゲートの前にはすでに先客が並んでおり、私は四人目だった。国立博物館に行くのは初めてで様子が分からなかったが、九時半の開館に対して八時過ぎに来れば、十分ゆとりをもって観覧できるようだ。

●そうやって並んでいるとき、スマホに一通のメールが飛び込んできた。前の勤務先で同期だった男が亡くなったという。急性の疾患であっけなく、だそうな。去年だか一昨年だかに結婚して、家も買ったと聞いている。残された奥様が大変だ。ホント人間、先の事は分からんなあと、諸行無常の思いを深くしたのであった。

●さて国宝展だが、これが凄かった。実にもう、凄かった。繰り返すけど。

玉虫厨子があんなに巨大だとは思わなかった。考古学方面にはあまり興味なかったけれど、国宝の土偶を近くでまじまじと観ると、その造形はなかなか面白い。元興寺極楽坊五重小塔は、五メートルに及ぶ佇まいも大変見事だが、ここまで運んで設置した”文化財業界”の運搬技術にも敬意を表したい。きっとノウハウが大量にあるのだろう。

微妙に可笑しいのが井戸の茶碗で。当時朝鮮半島の庶民の間で日常的に使われていた雑器が、なぜが日本では名器として珍重される。いまなら百円ショップのグッズがどこか異国で名宝扱いされるようなものか。これ、いったい誰が「あれはいい物だ」と言いだしたのだろうか。

前期後期で一部展示品を入れ替えるというから、後期にも行きたいところである。特に、後期のさらに限られた期間にだけ展示される「金印」は観たい。高校卒業まで福岡に育ったので、福岡県志賀島で出土した金印の話は小学生の頃からちょいちょい聞かされてきている。この際ぜひ実物を観てみたい。

●一番乗りに近い状態だったおかげで、混雑なしにゆっくりたっぷり国宝を眺め、深く満足して上野を去る。おっとその前に、上野駅構内の書店で本を買う。復刊フェアの一冊、『溺死人』 E・フィルポッツ 創元推理文庫である。手持ちの本が水ヌレだったので、美本を買っておいた。

●上野での待ち時間にちょっと本を読み、帰宅してからさらに読む。
『旅人の首』 N・ブレイク ポケミス を読了。

詩人セシル・デイ・ルイスだからこそ書けた作品。(伏字)という小道具を使ったすごく微妙な手掛かりは読者が気付くわけないと思うが、だからこそ解決場面で初めて分かるその微妙さが嬉しい。他にもちょっとした会話の断片、仕草、表情といった多くの伏線が解決場面で拾われるのを読むのは、まさしくミステリを読む喜びである。

結末に至って立ち現われるある登場人物の心情が、グロテスクとも愚かとも哀れとも言え、あるいは純粋とも至誠とも言える複雑さで、胸に迫る。そして、事件の真相ではなく物語全体の結末が驚きである。最後まで読むと、なぜこういう章立てにしたのかが分かる。読了後にじわじわと染みてくる傑作である。