累風庵閑日録

本と日常の徒然

『停まった足音』 A・フィールディング 論創社

●渋谷区立松涛美術館に、「御法に守られし醍醐寺」という展示会を観に行ってきた。会の目玉は国宝である「過去現在絵因果経」という絵巻で、釈迦の生涯を描いた奈良時代八世紀の作品である。その画風は、なんというかあまりに素朴。そこいらのちょっと絵心のあるニイチャンがちょいちょいと描いたふうである。これを古拙というのだそうな。宗教的にも文化財的にも極めて貴重な品なのであろうが、観てあまり面白い物ではなかった。

他に、菅原道真空海の書いた経文だの、信長、秀吉、家康の書状それぞれ一通などが展示されていた。これらはすべて国宝である。凄まじい顔ぶれだが、経文や書状など、はっきり言って観て面白い物ではない。豚に真珠、という言葉がちらりと頭をかすめて我ながら情けないけれども、その価値を実感はできなかった。

●帰りにジュンク堂に寄って本を買う。
『世界神秘郷』 高橋鐡 戎光祥出版
『北町一郎探偵小説選II』 論創社

先日hontoカードを作ったので、今後リアル書店で本を買うときはジュンク堂丸善を選ぼうと思う。そして、十月末発売の論創海外の二冊も買わなきゃ。

●今日はガチムチオヤジアクション映画『エクスペンダブルズ3』の公開日だ。これはぜひ映画館に観に行きたい。行くタイミングを計っておく。

●『停まった足音』 A・フィールディング 論創社 読了。

いろいろ惜しい作品。探偵役である主任警部の捜査法がなにかと陰湿で、気持ちが醒める。関係者から情報を引き出すために、主任警部は身分を偽り、嘘をつき、罠にかけ、偽の電話をかける。部下を使って関係者をある部屋に誘い込み、会話をこっそり録音する。誰それはこう言っていたけどもそれについてあなたはどう思うかと、言ってもいない嘘の証言を持ち出して相手をだます。さらになんと、関係者の部屋に留守中に不法侵入して書類をあさったりする。捜査の手練手管としてやむを得ずするのではなく、基本姿勢として誰彼かまわず相手をだまそうとしているようだ。

本人は正義を貫くためとしてなんら疑問を持っていないようなのが気持ち悪い。狂信者ってえのはえてして自分は絶対に正しいと思っているものだ。

もう一点。地道な捜査の結果ある瞬間に重要な物証が発見されて事件の様相ががらりと姿を変える、というのがこういうタイプのミステリで盛り上がる場面である。ところがこの作品では、重要な事実がいきなり既知の捜査結果としてさらりと持ち出されることがちょいちょいあって、これも興醒め。

地道に手掛かりを探求してゆくタイプのミステリで、地道に手掛かりを探求してゆく場面を楽しめなかったら、あと何を楽しめばいいというのだ。クロフツを念頭において読み進めると、コレヂャナイ感に付きまとわれる。

真相はかなり意外だが、読者が手掛かりを追ってたどり着ける内容ではない。よくできたミステリの「意外な真相」ではなくて、意外性のための意外性である。

……読了直後はそう思ったが、ちょっと考えてみてようやく気付いた。物語全体を俯瞰的に観れば、この真相はミステリの常道なのだ。私は全体構造に気付けなかったのでびっくらこいた。

●晩酌は、先日の金沢旅行で買ってきた蛍烏賊の素干しを焙って冷や酒。噛むと滲み出るワタが旨い旨い。酒も金沢の地酒である。他に鰤の照焼きと獅子唐の油炒め。