累風庵閑日録

本と日常の徒然

『金田一耕助の帰還』 横溝正史 光文社文庫

●しばらく前から、読書に向かう集中力の衰えを感じている。一冊の本を一気に通読するのがしんどい時があるのだ。長編なら一気に読むしかないし、アンソロジーなんかだと収録作がバラエティに富んでいるから、最後まで読める。いけないのが個人短編集で、読んでいる途中で息切れすることが間々ある。そしてもう一つしんどくなる要因が、ページ数である。今の集中力では、五百ページを超える本は一気読みするにはちと長い。

今読んでいる岡田鯱彦がまさしくこのパターンで、五百ページ以上の個人短編集である。土曜から読んでいるのだが、ちょっとばかり疲れてきた。ここでいったん脇に置き、別の本を手に取ることにする。

●『金田一耕助の帰還』 横溝正史 光文社文庫 読了。

最後に残っていた「迷路荘の怪人」を読む。物語の冒頭で、作品の舞台背景や過去の経緯因縁をさらりと説明する手腕が抜群である。その技量は、「八つ墓村」、「悪魔の手毬唄」、「獄門島」などだけではなく、マイナーな中絶作「神の矢」でも発揮されている。ただしこの作品では、物語がはらんでいる情報量と作品のページ数との間で上手くバランスが取れていないようだ。金田一耕助の登場シーンを間に挟んで、全体の約三割ものページが背景描写に使われている。解決部分で明らかになる関係者の深い感情も、ずいぶんあっさり片付けられている。

●『~帰還』を読了しただけでは、「光文社文庫の『金田一耕助の帰還』を一年かけて読む」プロジェクトは終わらない。これから「迷路荘の怪人」の中編バージョンと、さらに長編化された「迷路荘の惨劇」を読むのだ。中編バージョンは出版芸術社の「横溝正史探偵小説コレクション」第四巻で読めるのだが、今回は以前せっかく手に入れた、東京文藝社の『迷路荘の怪人』で読むことにする。改稿版でページ数が増えて、物語がどのように膨らんでゆくのか、楽しみである。

●で、中編版に取り掛かる前に、東京文藝社版に同時収録されている「蜃気楼島の情熱」を読んでおく。一冊の本を手に取るとき、そこに収録されている作品をすべて読む、というのを一応のルールにしている。

犯人設定が面白い。もともと(伏字)犯人というのは趣味じゃないのだが、この作品の設定は似ていても一味違う、(伏字)犯人である。事件の経緯は遠くにカーの谺が響いていかにもミステリらしく、好ましい。

●ところで、この作品をネットで検索してブログだのなんだのをあちこち拾い読みしていると、単行本化の際に加筆されているとの情報にぶつかった。金田一作品の一覧が便利なM氏のサイトでも、加筆された旨の記述がある。ううむ、それでは初出の「オール読物」を探してみようかしら。こいつは宿題である。

●これで気になったので、本棚の奥から『別冊シャレード6 横溝正史特集』を引っ張り出してきた。掲載されている、浜田知明横溝正史異稿版リスト」を参照するのである。この稿には「蜃気楼島の情熱」については記述がなかったが、思いがけず興味深い記述に出くわした。いきなり別の話になって恐縮だが、なんと「どくろ検校」の再録誌の情報がきっちり書いてあるではないか。

●かねてより「どくろ検校」の初出テキストを確認したかったのだが、初出誌である「綺譚」の所在が不明である。再録誌があるという情報は把握していたものの、その詳細も不明であった。ネット上でE氏がお書きになった某図書館探訪記によって、それが「小説倶楽部」であることだけは分かっていたので、いつか機会があれば詳細をE氏にお聞きしようと思っていたのだ。今回図らずも掲載号が判明したことで、テキスト入手の可能性が一気に高まったと言える。こいつも宿題である。

●横溝作品を読んでいると、こうやってずるずると芋蔓式に引っ張り出してしまうってのはよくあることだ。今回宿題が二件増えてしまった。

岡山県倉敷市観光課から封書が届いた。いよいよ近づいてまいりました。読書もイベントも横溝ばかりで、気分がだんだん盛り上がってきた。