●今年の横溝プロジェクトは、『金田一耕助の新冒険』を読む他にもうひとネタある。題して「朝顔金太捕物帳をちゃんと読む」である。金太シリーズを通して読み、その一編毎に改稿後の佐七バージョンなんかとざっくり比べてみようという趣向である。
横溝文献コピーの整理は、あまりの面倒くささに半ば諦めているけれど(おいおい)、その過程で金太シリーズ全十四作が読める態勢にあることは確認してある。
●で、早速読む。まずは金太第一話「謎のかぞへ唄」である。
江戸の街に奇妙な飴売りが出現した。かぞえ唄を唄いながら飴を売り歩くのだが、その唄の文句は御政道批判ともとれる微妙な内容。この飴売りの正体が、誰あろう金太である。
ひょんなことから匿うことになった正体不明の若者。何者かに襲撃されて深手を負い、意識が朦朧としたまま回復しない。ときどき夢うつつにつぶやくのが、件の数え唄なのである。若者の正体を知る手掛かりはこの唄しかない。そこで金太は作戦を立てた。飴売りに扮して市中に唄い広め、なんらかの反応が現れるのを待つのだ。
内容を乱暴に要約すると、個人としては頭が切れるが管理職としては無能だった人物の話。サラリーマン社会によくある事態であり、何やら身につまされるような。
●金太シリーズを読むのは初めてなので、その人物設定を整理しておく。
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◆外見:年齢二十五六。特別にいい男というのではないが、色の小白い、眼元の涼しい若者。笑うと靨が可愛い。小兵ながら肥肉の、きびきびとした身のとりなし。総体に愛嬌がある。
◆境遇:駒形の朝顔新道に捕物名人と謳われた彌兵衛という顔役の一人息子。放蕩に身を持ち崩して勘当されていたが、彌兵衛の死に際に許されて跡継ぎを託される。ところが後見役の茂平次(後述)が裏切ってその縄張りを取り上げ、お上に讒言した結果金太は十手取縄を取り上げられてしまった。現在は”ただの人”で、何か手柄をたてて十手持ちに復帰すべく奮闘中。
◆特技:彌兵衛直伝の捕物早縄
◆子分:火吹竹。本名は竹蔵。人並み外れたのっぽで、いつも鼻の頭を赤くしていることから通称で呼ばれている。
◆ライバル:本所の茂平次。本所横網に住む御用聞き。一名へのへの茂平次。またの名を海坊主の茂平次。顔に菊石がある、色の黒い四十男。彌兵衛の兄弟分だったが、彌兵衛が死ぬと掌を反したように裏切った。
◆上司:鵜飼三十郎。南の与力。日頃金太に目をかけており、なんとか手柄を立てさせて十手持ちに復帰させてやりたいと思っている。
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●さて今度は、改稿版である人形佐七シリーズ「風流かぞえ唄」をざっと流し読む。金鈴社の新編人形佐七捕物文庫第六巻『女難剣難』に収録のバージョンである。大きな違いは、金太が飴売りに扮したのに対し、こちらでは辰と豆六が太夫と才蔵の万歳に扮するという点。金太と火吹竹の二人に割り振られていた物語上の役割が、佐七と辰と豆六の三人に適宜割り振られている。
基本的な展開は両者同じ。金太版に含まれていた、鵜飼三十郎の情誼や事件解決のために金太に十手取縄を授けるエピソードがそっくり無くなっている。また、事件の背景が金太と三十郎との会話で描かれる金太版に対し、こちらでは佐七が上司の与力神崎甚五郎からこういう話を聞いた、と語るだけである。これらの差異のため、佐七版の方がそっけない味わいとなっている。
●横溝作品のなかでも佐七シリーズは一際改稿が甚だしく、同一作品に複数のバージョンが存在することが珍しくない。というわけでお次は、いわば後期バージョンともいうべき「万歳かぞえ唄」を、これまたざっと流し読む。廣済堂出版の『人形佐七捕物帳 天の巻』に収録の作品である。
これがどうも、読んで驚いた。骨格は変わらないが書き込みやエピソードが増えて、出来栄えが格段に良くなっている。こちらを読むと、金鈴社版は習作に思えてくる。
金鈴社版ではお粂は単なる顔出しだけだったが、こちらでは役割を与えられて物語展開に関わるようになっている。辰と豆六が順繰りに餅を喉に詰まらせる繰り返しのギャグなど、佐七一家のホームコメディの要素が大幅に追加されている。横溝正史の、佐七一家に対する愛着がうかがえる。その他、匿っている若者が再襲撃される懸念とその対策、そして実際の襲撃のエピソードが追加されている。また、幕府の某役職に関する説明が追加。伏見焼きの説明も追加。物語の密度が高くなり、情報量が増えている。
廣済堂版は講談社の『定本人形佐七捕物帳全集』の拾遺集という位置付けだという。「万歳かぞえ唄」の改稿前後の変化を読むと、さすが定本、と納得する。
●こうやってざっと比較するだけでも、思いもよらず時間がかかってしまった。今日だけで二、三編読めるかもと思っていたのだが、なかなかそうもいかないようで。