累風庵閑日録

本と日常の徒然

『死神の矢』 横溝正史 角川文庫

●『死神の矢』 横溝正史 角川文庫 読了。

面白い。ただし独立した一編のミステリとしての面白さは保留。(伏字)の本来の計画がどんなものだったかまるで窺えないし、そもそもちゃんと計画を立ててすらいないように見えるのが少々不満である。この人、何をしたかったのか。また、原型版よりもさらに強引な真相に、あれれ、と思う。

だが、読んでいる間はとっても面白かったのだ。あらかじめ原型版を読んでおくことで、改稿に伴う正史の創意工夫をまざまざと味わえるのである。登場人物の行動タイムテーブルが細やかになっているし、オネスト・ジョンの挿話も増えているし、その他諸々描写が丁寧になって、読み応えが増している。キャバレー『焔』にて、その場をさっくり掌握してしまう金田一耕助の人物描写が興味深い。

もう一点。うかつにも今回再読するまで気づかなかったのだが、これって正史の長編『(伏字)』と表面的な道具立てが似ているだけではなく、真相の骨格までもよく似ているね。

同時収録の「蝙蝠と蛞蝓」は、安心して読める佳品であると同時に、第三者から見た金田一耕助の怪しさが浮き彫りになる珍品。

●『死神の矢』で、金田一耕助が朝食にオートミールを喰っている。そういえばずいぶん昔に自分も喰ったことがあるのを思い出したので、ふと思い立って買ってきて、牛乳で煮てみた。昔は砂糖を入れたはずだが、今回は塩味に仕立てて、これがなかなか悪くない。続くと飽きると思うが、たまに喰うなら十分満足できる。今度は甘い味付けで試してみたい。