●「横溝正史の朝顔金太捕物帳をちゃんと読む」プロジェクト。今回は第三話「通し矢秘聞」を読む。深川の三十三間堂で行われた通し矢競技の最中、競技者のひとりが毒殺されるという話。
この作品に対応する佐七バージョンは「恋の通し矢」である。春陽文庫では第四巻に収録されている。読み比べてみると、通し矢競技中の殺人というモチーフは同じだが、なんと犯人も動機も変更されて、別の話になっているではないか。あららら。単純に主人公を置き換えただけの改稿ではないのである。
金太に事件発生を知らせに来るのは、近所に住むお町という娘。どうやら金太にホの字にレの字。ところが佐七版では対応するキャラクターが設定されておらず、佐七自身が通し矢競技を観に行って事件に出くわすことになっている。佐七が出向くのにはちゃんと理由があって、冒頭で殺人予告の匿名の手紙というエピソードが追加されているのである。ところがこのエピソードの着地点がかなり心細いもので、ちょっとそりゃあないでしょう、と思ってしまった。
事件の真相は、(伏字)から(伏字)へと改変されている。それに伴って、抹消された登場人物と新規に加えられた人物とがそれぞれ一人ずつ。また、ある一人の性格設定が大きく変わっている。佐七が現場に出向いたことで彼の観察眼が発揮され、変更になった事件の真相解明に影響してくる。
●ところで、興味深い記述に気付いた。通し矢は多くの見物人を集めて開催されるので、佐七版では「ちかごろのスポーツ興行とそっくりおなじだ」と書かれている。ところが原型の金太版では、「つひ近頃まで行はれたスポーツ興行とそっくり同じだ」となっているのだ。金太版が発表されたのは昭和十九年三月である。一年半後に破綻が迫っていた時期だ。スポーツ興行なんていう大衆娯楽は、すでに過去のものになっていたのだろうか。
改稿履歴検証は、こういう重箱の隅が面白いのだよ。
●続いて佐七版のバージョン違い検証。「恋の通し矢」は昭和二十四年の発表で、昭和二十六年に八興社から刊行された『蛇を使ふ女』に収録されている。このテキストを春陽文庫版と比較してみる。
結論として、文章はほぼ同じ。わずかに解決シーンだけ、春陽版の方が辰と豆六相手に絵解きをしてみせる体裁で独立したシーンとなり、詳しくなってる。
違っている部分はまず、ヒロイン格の楓の年齢が、八興社版:二十か二十一、春陽版:十七か十八 となっている。江戸時代では二十歳はもう年増だったから、調整したのだろうか。また、茶屋の看板娘おきんの母親の名前が、霜から篠に変わっている。