累風庵閑日録

本と日常の徒然

『おえん殿始末』 城昌幸 講談社ロマンブックス

●『おえん殿始末』 城昌幸 講談社ロマンブックス 読了。

若さま侍捕物手帖シリーズの長編である。予想外に面白かった。他愛ない読み捨て娯楽小説かと思っていたら、どうしてどうして。将軍御寵愛の深い中臈おえんの方。そのおえんが召し使う女中に、次々と危難が及ぶ。一人は閉じこもっていた蔵の中で、どこから飛んできたか分からぬ矢に射殺される。一人は何処とも知れぬ屋敷にかどわかされる。またその屋敷の座敷牢には、何者かが閉じ込められているらしい。

そんな序盤から、物語は次第に複雑になり、様々なキーパーソンが行動を始める。若さま、遠州屋小吉、お蝶、野ざらし伝三、色悪の忠弥といった人物達が、単独行動したり一緒に出歩いたりで、視点も場面もめまぐるしく変わる。読み進めるにしたがって、隠されていた陰謀が姿を現し、関係者間の暗闘が激しさを増してゆく。

若さまシリーズの魅力の三割は、全編に漂うとぼけたユーモアにある。若さまと伝三の掛け合いなんざ、とんと落語のようだ。そしてまた、若さまが何か喋ると、地の文で作者がツッコミを入れるのがじわじわと面白い。

魅力のもう三割は意外なほどのミステリ味だが、それは短編の場合である。長編の本書では、若さま単独でずばりと事件を解決するわけにいかず、そのかわりストーリーそのものの面白さで読ませる。

残る三割の魅力は、主人公のキャラクターにある。若さまは無敵のスーパーマンなわけだが、このスーパーマンは四角四面で品行方正な正義の味方ではない。昼間から自堕落に酒を飲み、太平楽を並べ、昼寝したりぶらぶら散歩に出歩いたり。なんともうらやましい身分である。性格は底抜けに明るく、闊達で、とぼけた御仁。激動の渦中にあって、一人若さまは呑気に構えて高笑い。ハッハッハッ