累風庵閑日録

本と日常の徒然

『べらぼう村正』 都筑道夫 文春文庫

●『べらぼう村正』 都筑道夫 文春文庫 読了。

主人公左文字小弥太は剣の達人で、竹光で着物や帯をすぱりと切る。ふるう刀を人呼んで、べらぼう村正。この設定がどうもしっくりと受け止められず、しばらく違和感に付きまとわれていた。いくらなんでもそりゃないだろ、と。作者が描く、フィクションとしてのリアリティが、私にはピンとこなかったわけだ。

だが第四話「六間堀しぐれ」で、小弥太が野師の親分の持つ煙管を両断する場面を読んで、ようやく気付いた。これは、座頭市だ。常人には修得不可能な、神業的剣技を使うヒーローの物語なのだ。これですとんと腑に落ちて、俄然面白くなった。

ストーリーそのものは、第一話から楽しめていた。ハードボイルド系人情噺かと思って手に取ったら、さすが都筑道夫、理詰めで事件の真相を見抜く展開があって面白い。情景描写も季節の描写も臨場感があって、読んでいて気分がいい。江戸時代に関する大量の小ネタも興味深い。ただ、小弥太がべらぼう村正をふるう場面でちょいちょい興醒めになっていた。それが上記のように気付いたおかげで、全体を楽しく読めるようになった。こりゃあ、続巻の『風流べらぼう剣』も楽しみである。