●『「妖奇」傑作選』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫 読了。
高木彬光の「初雪」は、(伏字)という語り手の人物像が読みどころ。北林透馬の「電話の声」は、予想以上にしっかりと堅実に書かれている点を買う。
本書の目玉は、三百ページ以上の長編、尾久木弾歩の「生首殺人事件」である。密室内の首なし死体がごろごろ出てくる派手な展開で、あまりにホイホイ人が殺されて笑えるほどである。現場が密室だから関係者にはアリバイがある、という理屈がどうにも引っかかって、そればかりが気になっていた。密室の真相もアリバイ工作の真相もコメントのしようがないが、首を切った理由はちょっと面白かった。こういう、いかにもミステリ臭い趣向は好みである。
この手のミステリで、捜査陣が事件に関するディスカッションをする場面は大概楽しめる。ところがこの作品では、証拠と手掛かりとに基づく議論の代わりに、心証と想像とに基づく議論ばかりが行われ、甚だ空虚である。私はこう思う(証拠はないけど)、あいつが怪しい(証拠はないけど)、ってのを各自が順番に主張する場面が何度も繰り返されるのである。もういいからさっさとこいつを読み終えて、早く次の本に取り掛かりたいと、割とずうっと思っていた。発表は昭和二十六年である。日本の戦後ミステリ全体がまだ若かったころに書かれた、熱と勢いだけののある作品。