累風庵閑日録

本と日常の徒然

『吸血鬼ドラキュラ』 B・ストーカー 創元推理文庫

●『吸血鬼ドラキュラ』 B・ストーカー 創元推理文庫 読了。

 なにしろ十九世紀末の小説である。会話も描写も悠々として、さぞやまどろっこしくて退屈で、読むのがしんどいだろうと思っていた。ところが、そうやってあらかじめ期待値を下げ覚悟をして臨んだおかげか、予想していたよりは展開が速く起伏もあって、面白い。やあ、面白いぞこれは。

 きちんきちんと怪異の「くすぐり」を散りばめ、じわじわと雰囲気を盛り上げていってるし、いくつかの章では電報や新聞記事の引用で次の章への引きを作っているのが上手いと思う。中盤でドラキュラ・バスターズ・チームが結成され、ドラキュラ伯爵に対する本格的な反撃が始まると、それまでまぎれもなく怪奇小説の筆法で綴られていた物語は、トーンが変わって推理と行動の物語になる。そして終盤はなんと、(伏字)小説になってしまうのである。この辺りの自由さも読みどころ。

 また、平井呈一の手になる、漢語を交えた古色を漂わせる訳文が、味わい深くて読ませる。伯爵がヘルシング教授一行に向かって啖呵を切るときの台詞回しなんか、ちょっとした名調子である。