累風庵閑日録

本と日常の徒然

『消える虚無僧』 横溝正史 功文社

●『消える虚無僧』 横溝正史 功文社 読了。

横溝正史の『朝顔金太捕物帳』をちゃんと読む」プロジェクト。今回は第十一話「お時計献上」を読む。これで、全五編収録の功文社版を読み終えた。

 将軍様への献上品を巡る、時計職人同士の軋轢。そしてなんと密室殺人が発生する。密室の真相は他愛ないけど。事件は一言でいうと人情咄。金太はほとんど何もしていない。

 続いて佐七版の「お時計献上」を読む。春陽文庫の第十二巻『梅若水揚帳』に収録されている。金太版では登場人物の口を借りて背景が語られたあと、おもむろに殺人が起きる。佐七版ではまず殺人が起きたあと、佐七が捜査に乗り出して事件の背景が判明する。後者の構成の方が、読者の興味を引きやすいだろう。

 また佐七版は、登場人物が増えているし、人物描写が深化しているし、発言の矛盾を突く推理があるし、佐七一家のホームコメディがひとくさりあるし、殺人が一件増えている。そしてなんと犯人が変わっている。あっけない金太版から、様々な要素を盛り込んだ捕物娯楽編へと変貌を遂げているのである。これでは、金太版がまるっきり梗概、骨組み、習作に見えてしまう。こうも変わっているのには驚いた。こういうのが、読み比べの面白さなのだ。

 だが感心したのはここまで。解決が駆け足でただ説明されるだけで、せっかく増やした人物も深化した人物造形も、あまり活用されていない。惜しいことである。