累風庵閑日録

本と日常の徒然

『四十面相クリークの事件簿』 T・W・ハンシュー 論創社

●『四十面相クリークの事件簿』 T・W・ハンシュー 論創社 読了。

 明朗探偵活劇。あるいは、ホームズ譚を雑にした感じの冒険ミステリ。ホームズ短編を三つ足し合わせて四で割ったような。事件の初めに提示される謎は、笑って人を噛み殺すライオン、透明になるという魔法のベルトを腰に巻いて失踪する人物、密室状態の厩舎で次々と死んでいく人達、など実に魅力的。扱われる題材は、外国の特殊な毒、女首領が率いる犯罪組織、国防機密の盗難、などいかにも「ホームズのライヴァルたち」に相応しく、それも楽しい。だが、読者にほとんど伏線が示されないので、クリークが解決する真相をああそうですかと受け止めるしかない。魅力的な謎が探偵しか知らない情報で解決される、「前半名作」が多かった。

 前世紀初頭の作品らしい長閑さと、吃驚するくらいの善良さも味わい深い。が、四百ページはちと長すぎる。汚れつちまつたおっさんの私からすると、クリークとその従者ダロップスのあまりの善良さ、純粋さ、真っ直ぐな態度が次第に鼻についてくる。これでもう少しミステリ的興味があればまだしも、と思うと惜しい。

 ところで主人公の名探偵クリークは変装の名人だそうで。道具を使った変装が得意というなら特殊技術保持者だが、クリークはそうではなくて、生身の顔を自在に変形できるという。これはもうモンスターである。

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 さてここからは、この本と横溝正史との関連について書く。クリークがまだ怪盗だった時代に、警官や野次馬を映画の撮影だとだまして逃亡するエピソードは、横溝正史のお気に入りだったらしい。「変幻幽霊盗賊」、「黒衣の道化師」、「探偵小僧」、「まぼろしの怪人」といった作品に、このエピソードを流用している。「変幻~」の場合はほぼそのままの形での流用だが、後の三作品では逃亡する人物がサンタクロースの扮装をしているように改変されており、ストーリーの深化が見える。思いだせないけど、他にももしかしたら同様のエピソードが書かれた作品があるかもしれん。

 もう一点。「壺中美人」の冒頭で、金田一耕助がテレビを観てある事柄に気付く。それが事件解決の重要な鍵になるのだが、耕助はその知識をずっと昔に読んだ探偵小説から得たという。ということは、作者横溝正史自身が探偵小説から得た知識である可能性が高い。では、その探偵小説とは何か?

 なんとこの『四十面相~』に、「壺中美人」のものと同じネタが使われているのだ。ほほう、と思った。耕助が語る小説とは微妙に設定が違うし、これがそれとは断言できないけれど、なかなか興味深いことである。巻末解説によると、このネタにはインドの古民話というさらなる元ネタがあって、その情報は博文館の『世界探偵小説全集』に載っているという。そっちが「壺中美人」の元ネタである可能性もないではないが、耕助が探偵小説と語っているからして、クリーク譚の方を元ネタだと思いたい。

 以上、ミステリとしては少々心細いが、横溝ネタとしてはかなり面白い本であった。