累風庵閑日録

本と日常の徒然

『三つ首塔』 横溝正史 角川文庫

●『三つ首塔』 横溝正史 角川文庫 読了。

 金田一耕助はほとんど登場せず、いわばシリーズ外伝のような作品。ヒロイン視点で語られる、スーパーヒーローの物語である。一難去ってまた一難式に危機に見舞われるヒロインの運命を読みながら、安全な場所にいる読者がスリルを楽しむ物語でもある。コロコロ人が殺されるハードな環境の中、ヒロインは時にうろたえ、時に流されながらも、ヒーローと手に手を取って懸命に前に進んでゆく。舞台は現代だけど中身は案外古風で、基本的な展開はそのままに舞台を江戸時代に移したら、正史お得意の時代伝奇小説になりそう。

 読んだのは十年ぶり三度目。今回の目的は、文庫版と比べて初期バージョンは記述が冗長だというネタを、自分で確認することにある。今日読んだ文庫版を踏まえて、明日から昭和三十四年刊の東京文藝社版を読む。金田一耕助推理全集の第七巻である。さすがにまともに通読する気はせず、ざっと飛ばし読みするつもりだけど。

 ところで、十年前に読んだ時のことはぼんやりとした印象すら残っていないのはなぜか。答えは分かっている。私好みのミステリ味が、極めて薄いのである。探偵がほとんど登場せず、警察の捜査がほとんど描かれず、事件の検討がほとんどなされない。事件を描くことが主題ではないのである。こうなるともう、さっと読んでさっと忘れるしかない。今回読んだことも、すぐに忘れてしまうだろう。たとえば今回のテキスト比較のような、何かテーマがなければ、今後この作品を再読することはなさそう。

国会図書館から、依頼していた横溝正史関連の複写資料が届いた。ブツは下記の通り。
・「不知火甚内」
・ATGの映画「本陣殺人事件」のシナリオ
・名作劇画「鴉」
特に興味深いのが「鴉」で。なんだこりゃ、という代物である。