累風庵閑日録

本と日常の徒然

雪の夜話

●ほぼ月イチのペースで取り組んでいる横溝プロジェクト。今回から名称がちょっと変わって、「横溝正史の『金太捕物聞書帳』をちゃんと読む」になる。朝顔金太捕物帳シリーズは、昭和十九年に十二回連載された後、翌昭和二十年にはシリーズの名称が変わって金太捕物聞書帳になるのである。

 今回は聞書帳シリーズの第一話「雪の夜話」を読む。まず冒頭で驚いたのが、シリーズ名だけではなく物語の根底をなす設定までもが変わっていること。幕末の旗本の次男坊で松原半次郎という人が、市井で見聞した逸事綺譚を数十年に渡って書き留めた、膨大な筆記録がある。その中で、半次郎が老後に及んで金太の思い出話を記録したものが、金太捕物聞書帳という題で数冊ある。話者はこの聞書帳を種本にして、金太物語を書いているというのだ。つまり、金太シリーズは実話をベースに小説に仕立てた作品だ、とまあ、そういう設定になっているのである。こんな設定は、金太シリーズ第十三話にして初めて出てきた。

 しかもこの半次郎という人は、事件に際して金太と行動を共にしている例が少なくないという。仮定の話をしてもしょうがないけれど、もし仮にこのシリーズが長く続いてたら、金太ホームズ&半次郎ワトソンといった発展があり得たかもしれないと思うと、二回のみで途絶えてしまったのが惜しい。

 また、金太の人物設定も変わっている。「捕物帳」では二十五、六歳の若者だったのが、「聞書帳」では四十五、六歳で貫録のある親分になっている。独り身だった金太も今や女房を持っており、その名はお町。明記されてはいないが、「捕物帳」で金太に惚れていた近所の娘お町と、同一人物だろう。そして、「捕物帳」で子分だった火吹き竹が登場しなくなっているのはちと寂しい。今回登場する子分は吉次といって、猫背なことから普段は猫吉で通っている。

 さて肝心の本編だが、複数の要素が絡み合った複雑な構成になっている。キーワードは子供の幽霊、大金の盗難事件、遊び人の失踪、色男の後悔と悲恋、兄の敵討ち。騙し騙されという裏のストーリーも隠されている。これらの要素が、最終的にはひとつの真相に収束する。さらに、種本の筆者半次郎が金太に初めて出会った事件でもあるし、半次郎自身の事件でもある。

 これだけの内容をたった十二ページで終わらせているため、詳しい捜査の模様を書く枚数が足りなかったのか、解決は至極あっけない。ある人物の失言のおかげもあって、金太がなんら苦労することなく、真相はするすると明らかになってしまう。この作品は、金太の活躍を描くのではなく、事件そのものを描いているようだ。

 基本設定を変え人物像も変え、多くの要素を詰め込んだこの作品からは、心機一転といった意気込みが感じられる。その一方で、設定を一年でがらりと変えてしまうのは、キャラクターを大切にしていないようにも見える。正史が金太という主人公に愛着を持てなかったことの表れかもしれない。連載はなぜかこの第一話だけで休止してしまう。「聞書帳」の第二話が発表されるのは、戦後になってからである。

 さて次に、改稿版人形佐七バージョンの「角兵衛獅子」を読んでみるわけだが、ここまで書いて時間切れ。疲れたので、続きは明日書く。