累風庵閑日録

本と日常の徒然

オーモニア

●昭和四年に春陽堂から刊行された、探偵小説全集第十四巻『暗い廊下/グレイ・ファントム』を読んでいる。前半はステシー・オーモニアの、「暗い廊下」を表題作とする短編集で、全十二編が収録されている。とりあえずその前半を読んだ。この作家の作品を読むのは初めてである。作風は多彩だが、全般的に穏当で平板。ミステリに備わっていて欲しいスリルやサスペンスに乏しかったり、短編小説に備わっていて欲しい捻りや切れ味に縁遠かったりの作品が目立つ。

 「暗い廊下」は、前科者の哀しみと希望を描く市井もの。「オピンコットが自分を発見した話」は、私立探偵志望の青年があたふたしているうちに、事件の方で勝手に解決して青年の手柄になってしまうユーモア譚。「暗紅色の薔薇」は、幸せ一杯の主人公がふとした疑念に捕らわれてやらかした出来事とその結末。「午後の珈琲」は、カフェ勤めのウェイトレスに訪れた人生の大事が、忙しい日常に押し流されてゆく様子を描いた小品。

 面白かったのは「或る日曜の朝」と「人間の嗅覚」である。前者はある労働者の日曜朝の情景を淡々と描くもので、今日は勤めに出なくてもいいのだ!という自由の喜びが全編に満ちており、ほとんどストーリーがなくても読んでいて楽しい。サラリーマンならしみじみ共感できる喜びである。終盤で結構大きな事件が発生するのだが、つかの間の自由を満喫している主人公にとっては、そんな事件すら満ち足りた休日を乱すノイズに過ぎない。後者はなるほど!と思える作品で、題名がどういう展開につながるのかが読みどころ。

 正直言って私の好みから遠い作品の方が多く、前半を読んで疲れてしまった。後半のランドンはまた日を改めて読むことにし、この本はいったん休止とする。

●今日はこの日記をアップした後、ネット上の横溝ファンがタイミングを合わせて野村芳太郎監督の映画『八つ墓村』を観るという企画に参加する。どこかの局で放送されるのではなく、映像ソフトは各自で用意するのである。

 この映画は昔一度だけ観たことがある。当時はまだ幼くて悪い意味で潔癖だったので、あの改変が非常に不愉快だったことを憶えている。それ以来不愉快な印象が強く残っていて、今になるまで一度も観直したことがない。すっかりいい加減なおっさんに成り果てている現在、どんな感想を持つか自分で楽しみである。