できれば月に一冊くらいは横溝関連本を読みたいと思う。そこで今月は、積んでいた横溝正史探偵小説コレクション第四巻を読むことにした。収録は中編二作品で、どちらも再読である。
「旋風劇場」
過去の日記を確認すると、十二年前に八紘社杉山書店版で読んでいる。もちろん内容はほとんど覚えていない。最も興味を引かれたのは、初出と単行本とで虹之助の出自が違っている点。そういったことが分かる巻末の校訂表は、大変貴重な情報である。昭和二十二年に出た改稿版は、戦後本格ミステリの筆法を取り込んだハイブリッド種だが、原型のこちらは随分と古風な物語である。バタバタと人が死ぬ派手な展開に、虹之助の出生の秘密がからむ。犯人探しミステリの体裁をとっているが、(伏字)が犯人というのでは、あまり意外性がない。虹之助の人物像と生い立ちを描くことが主題なのだろうか。
このまま引き続いて、角川文庫に収録の「仮面劇場」を読んで比べるのも一興なのだが、どうもそんな気分ではない。読み比べはすでに十二年前にやっており、もちろん内容はほとんど憶えていない。
ふと思ったのだが、基本設定をそのままに舞台を江戸時代に移したら、時代伝奇小説として成立しそう。試みにちょっと書いてみる。廻船問屋の若後家、お綾。店の経営は番頭の喜兵衛にまかせっきりで、気軽に遊び暮らしている。まだ老い朽ちたという歳でもなし、情人の浪人志賀恭三郎との逢瀬も楽しい盛り。上方に遊山旅に出かけた折り、淀川に漂う船から盲聾唖の若衆虹之助を救いだし、番頭の諫めも聞かず身柄を引き取ることにする。
恭三郎が寄宿している甲野家は紀州の出で、現在は先代の未亡人お梨枝様を筆頭に、若主人の静馬、その妹の弓姫という構成である。そしてもう一人、同郷の鵜藤五郎丸という若者が使用人とも静馬の友人ともつかぬ格で、これも寄宿している。
ある日お綾が虹之助を甲野家に連れてきて、何気なくお梨枝様と二人きりにしていた間に、凄惨な椿事が持ち上がった。お綾は、上方旅行で知り合った蘭学者の由利麟斎に助けを求める。 ……とまあ、こんな具合。
「迷路荘の怪人」
ほぼ一年前に別の本で読んだのだが、詳細をすっかり忘れているのが我ながら呆れる。尋問を重ねて関係者それぞれの行動が次第に明らかになり、その結果を一覧にして警部補が検討するくだりは、いかにもミステリらしくてわくわくする。だが事件の結末は実にあっけないし、真相解明のシーンもこれまたあっけない。金田一耕助はロジカルな検討から真相を導くのではなく、いきなり結論としての真相をまるで放り出すように関係者に提示してみせる。名探偵というよりは、物語にとにかく結末をもたらす機械のような役割なのである。