累風庵閑日録

本と日常の徒然

孟宗竹

●「横溝正史の『金太捕物聞書帳』をちゃんと読む」プロジェクト。今回はいよいよその最終回、第十四話「孟宗竹」である。坊主の死体が古狸に入れ替わったという奇妙な事件に、金太の子分の留公が取り組む。今回金太はほぼ何もせず、留公に助言を与えるのみである。いわば安楽椅子探偵に近い状態にあり、こういうのは珍しい。

 金太が孟宗竹に関して持っていた知識が、解決の糸口になる。結末はあっけなくて、金太のアドバイスを受けた留公が関係者をちくちく突くと、相手が恐れ入って内幕を白状してしまう。そこで判明した真相は一応犯罪ではあるが、まるで他愛ない。

 最後は、金太が真相を記録者の松平半次郎に語って聞かせる。金田一耕助が記録者に真相を語るエンディングで統一された、「~の女」シリーズを思い出す。ここで引っかかるのが、前回「雪の夜話」では記録者の名前が松原半次郎となっていた点。正史の意志か、活字を拾う際の間違いか。それに、前回登場した子分の猫吉が登場しない。

●続いて、佐七版の「孟宗竹」を読む。春陽文庫第十一巻『鼓狂言』に収録されている。結論として、ただ単に金太を佐七に入れ替えただけであった。辰と豆六が子分になる前の事件という設定で、子分すら留公のままである。何も足さない、何も引かない、と言っていい。最後に佐七が真相を人に語る展開も同じだが、佐七には公式の記録者がいないので、相手が無名の人になっているのがわずかな違いである。

 これだけ同じだと、春陽文庫収録時に作者が新たに手を入れてはいないのだろう。つまり、おそらく佐七版にバージョン違いはないと思われる。最初からそう決めつけてきちんと確認していないが、金鈴社『松竹梅三人娘』と第一文芸社『春姿松竹梅』と、それぞれに収録されたバージョンをざっと眺めた。ぱらぱらめくった限りでは、特に違いはなさそう。

●さてこれで、朝顔金太シリーズ全十四話と対応する佐七作品とを読み終えた。今年一年かけたこの取り組みを、最後に少し整理してみたい。そう思ってまずは過去の日記を読み直そうとして、なんとも微妙なことに気付いてしまった。

 佐七シリーズはそれ自体改稿の度合いが大きく、初出と春陽文庫収録版とでは別のバージョンになっていることが珍しくない。つまり春陽文庫版を読んだだけでは、金太と佐七とをきっちり比較したとは言えないのである。「佐七初出⇒春陽文庫版」の変更点を分離できないので、「金太⇒佐七」の変更点のみを抽出できない。金太から佐七最終バージョンに至るどこかで、これこれの変更が施されたということしか分からないのである。

 本気で「金太⇒佐七」の変更点を検証しようとすれば、佐七の初出テキストに当たらないといけない。持っている本に収録されている佐七初期バージョンとの比較は可能な限りやったけれども、その本と初出版との異同は分からない。これ以上はもう私の手に余る。というわけで、なんとなく読み比べた、という締まらない結論になってしまった。

●それはそうと、せっかくだから金太と佐七との「なんとんなく」の比較をごく簡単に整理しておく。佐七は春陽文庫版を想定している。変更の度合いが多いか少ないかは私の主観である。念のため。

 さらにもうひとつ念のため。複数の作品を並べて真相が同じと書いてしまうのは、ネタバレの一種ではないか?との疑問が浮かんだ。それでもいいというお方だけ、この下をご覧ください。

◆内容変更の度合いが少なく、人物名を入れ替えただけに近い作品
「黄昏長屋」 ⇒ 「からかさ榎」
「数珠を追う影」 ⇒ 「水晶の数珠」
「からくり駕籠」 ⇒ 「からくり駕籠」
「雪の夜話」 ⇒ 「角兵衛獅子」
「孟宗竹」 ⇒ 「孟宗竹」

◆事件の内容が大幅に変更されて、別の話になっている作品
「通し矢秘聞」 ⇒ 「恋の通し矢」
「狐医者」 ⇒ 「狐の宗丹」
「お高祖頭巾」 ⇒ 「お高祖頭巾の女」および「万引き娘」

◆残り六作品は、基本構造はほぼ同じだが、情報量や事件が増えたり、展開が多少変わったり、佐七一家のホームコメディの要素が追加されたりしている。

●きちんとした比較は断念したけれども、来年はまた次の横溝プロジェクトを発足させようと思う。鷺十郎捕物帳と左門捕物帳とで合計十二話あるから、一年間の月イチ・プロジェクトとしてちょうどいい。佐七版となんとなく比較してみたい。