累風庵閑日録

本と日常の徒然

第一回横溝読書会・呪いの塔

●今日は午後から横溝正史読書会が開催される。課題図書は「呪いの塔」である。午前中に、副読資料としての江戸川乱歩「陰獣」をさらっと再読しておく。

●今回の出席者は総勢七名。某駅で待ち合わせて徒歩五分、公民館のような施設に移動する。確保していただいた部屋が和室なのが嬉しい。参加者の座が決まってテーブルにお菓子が広げられ、各自が持参した本や読書メモや資料などを手元に用意すると、さて、読書会の始まりである。まずは司会者の誘導によって、自己紹介を兼ねて感想を言っていく。

「横溝長編の原点、発展の基礎だったのでは」
「ハワイで買った思い出の本」
「初めて読んだけど本当に面白かった」
「昔読んだ記憶で推してた作品だけど、今回再読すると雑に感じた」

 ここからフリートークである。まずは題名となった塔に関して、一通り話が広がる。

「いわくつきの塔というイメージ」
「高さ300フィートということは約90メートル」
「90メートルってどのくらい?」
「浅草十二階は68メートル、東京タワーは333メートル」
「その高さをみんな何度も上り下りするのは、脚力が凄い」
「道子なんてひ弱そうなキャラなのに、彼女も上っている」
「正式名称は書かれてないが、バベルの塔になぞらえられている。でも階段の名前はギリシャ神話なのはなぜ?」
「なんとなく西洋イメージとしてごっちゃにしたのでは」
「塔の構造がよくわからない」
「経営実態がよくわからない」
「観覧車の付き方がよくわからない」
「観覧車の動力がよくわからない」

 さらに話は発展し、時には脱線しつつも様々な話題が語り合われた。そこから、ネタバレにならない範囲でいくつかピックアップする。添付の数字は、関連する角川文庫版のページである。

「当時の価値観では、金歯は艶めかしかったのか?(P29)」
「お洒落だったという私のお婆ちゃんは金歯をしていた」
「昔の金歯はステイタスだったらしい」

宇野浩二の名前が出てくる。(P74)乱歩も正史も宇野浩二が好きだったので、読めばいろいろ発見があるかもしれない。でも実際読んでみるとつまらない」

「大江黒潮と白井三郎の、黒と白のネーミングはたぶん役割を象徴する意図的なものではないか(P75)」

「ところどころで作者が出てくる。一個所メタな記述もある(P217)。まだ小説作法が固まっておらず、揺らぎがあったのでは」

「白井の部屋一面に新聞を貼ったのは誰か?(P229)事件よりもそっちの方が気持ち悪い」

「乱歩の実像をどの程度反映しているのか?」
「信之助が大変美貌だったから、白井は彼の事が好きだった(P235)というのは、乱歩の嗜好か?」
「白井が下駄を拭くだの着物を水に浸けるだの(P246)は乱歩の癖か?」
「大江黒潮の自宅は池袋だし(P303)」

「犯人の視点で読むと、この人物はまるで怪人」

「刊行当時、正史は軽井沢にも砧にも縁がなかったが、後年になって縁ができる偶然に、読んでいてときめいた」

 本当はもっともっと様々な話題について語り合われたのだが、そのほとんどがネタバレである。公開できるのは当たり障りのない話題か、本筋から外れたものに限られる。他に話題に上ったのは例えば、原稿について、手掛かりの出し方について、殺人の手段について、犯人像について、登場人物の役割について、行動の意味について、回収されなかった伏線について、などなど。

 やがて一通り語りつくし、終了時刻も迫ってきたところで、全体の総括を行う。
「今後長編小説を書き続けることになる、スタート地点と位置付けていいのでは」
「この作品で使われた要素を、正史は後年の様々な作品で再利用している。しかもだんだん上手くなっている」
「一通り金田一ものを読んでからこの作品に戻ると、いろんな要素がここで使われていることが見えてくる」
 ※再利用の具体例もいろいろ挙がったけれど、ここではナイショ。
「正史は乱歩のことを、編集者として、読者として、友人として大好きだったので、とにかく作品を書いてほしかったのでは」

 というわけで、たっぷり語って密度の高い、第一回横溝読書会は盛況のうちに終わったのであった。

●その後全員で居酒屋に移動して、またもや横溝話。よくも話題が尽きないものである。内容は読書会全般について、第二回読書会の予定時期と課題図書について、オフ会について、正史の作風について、などなど。読書会の場で言い忘れた「呪いの塔」関連のネタもいくつか。

 そしてなぜか、「ぼくのかんがえたさいきょうの呪いの塔」のイラスト大会が始まってしまったのであった。なんだそりゃ。やがて飲み会もお開きとなり、流れ解散となった。お疲れさまでした。

●最後に、私の感想を書いておく。

 この作品の真相は、(伏字)という、いわばミステリの文法通り、型通りで、典型好きな私としてはもうそれだけでかなり満足できた。重要な手がかりが書いていないとか、犯行描写が一部でかなりずさんだとか、ツッコミ処はある。けれどそれは戦前探偵小説の特徴、もしくは限界として、まあそんなもんだろうと受け止めている。

 ところで、「呪いの塔」を読むのは今回で二回目である。初めて読んだ時には、まだ江戸川乱歩の小説をほとんど読んだことがなく、乱歩の人物像に関する知識もなかった。したがって当然、この作品と乱歩との関連を全く意識することなく読んだわけだ。今回再読してみて、そのあまりにも露骨な「乱歩小説」ぶりに驚いた。当時の探偵小説愛好家にとっては、乱歩を題材にしていることは明白だったろう。つまり、私と彼らとは同じ文章から受け取るものが全く違っていたことになる。その点が驚きであった。

 読書会に参加するのは初めてである。とても楽しかった。話題にできそうなネタを探しながら、付箋を挟みつつ読むのは深い読み方ができるし、他人様の視点が面白いし、ネタバレを気にせず語れるのが素晴らしい。第二回が開催されるのなら、ぜひ参加したい。