累風庵閑日録

本と日常の徒然

『黒い駱駝』 E・D・ビガーズ 論創社

●『黒い駱駝』 E・D・ビガーズ 論創社 読了。

 いかにもこの作者らしい手がかりの出し方である。ロジックに乏しく、唯一(伏字)にすべて依存する解決を読むと、それまでの捜査は何だったのかと思う。いやもちろん、それまでの捜査は事件の背景を明らかにする重要な意味があるのだが。

 つまらないわけではない。チャーリー・チャンのシリーズを読むのは本書が四冊目である。こういう書き方をする作家なのだと分かっていて読むと、この解決こそが味わいとなる。多くの証拠から論理的に犯人を導き出すといった書き方は、ビガーズの持ち味ではない。

 関係者がそれぞれ怪しく思える状況が順番に描かれる展開は、次々に新しい事実が提示されて中だるみしない。横溝正史が感心したという終盤のシーンは、確かにサスペンスに富む見せ場だし、読者を翻弄するような緩急の付け方も面白い。

 巻末解説によれば、この作品が新青年に訳載されたのが昭和七年だという。正史が原書で読んだのは、それより以前のことだろう。昭和七年というと、正史の長編としては最初期の「呪いの塔」が刊行された年である。また同年、正史は博文館を退社して作家専業を決意する。正史がこの作品を気に入ったのは、編集者としてか、ストーリーテラーとしてか、それとも探偵小説作家としてか。心のどの領域の琴線に触れたのか、興味深いところである。