累風庵閑日録

本と日常の徒然

怪談五色猫

●春の「18きっぷ」を買ってきた。すでに三回分の旅行計画が具体化している。

●「横溝正史の『鷺十郎捕物帳』をちゃんと読む」プロジェクト。今回は第二話「怪談五色猫」を読む。

 唖然とするほど破天荒な話。なんだこりゃ。ミステリの一ジャンルとしての捕物帳の味わいはなはだ薄い。お家騒動と敵討ちとが入り乱れ、鷺十郎が何もしないうちにあれよあれよと話が進み、唐突に怪談がかった大団円に至ってしまう。もう一度書く。なんだこりゃ。

 ところで子分の茂平次は、稼業の魚屋をなげうって今じゃすっかり岡っ引き気取りなんだそうな。そして相変わらず、小網町の師匠、杵屋和考とはいい仲。子分格がモテるというのは珍しい。今回は敵役の藤井勘左衛門は登場しない。

●続いて改稿版人形佐七バージョンを読む。題名は同じく「怪談五色猫」で、春陽文庫第十三巻『浮世絵師』に収録されている。

 人名や場所の設定が多少変わっているが、基本構成は同じ。冒頭に、旗本屋敷と主要人物である役者との関係をうかがわせる一章が追加されている。また、葬儀のエピソードが割愛されている。

 旗本屋敷の内幕を主人公に伝えるのが、鷺十郎版では道場仲間だったけれども、佐七版では上司の与力神崎甚五郎の朋輩になっている。一介の岡っ引きに武家の友人は相応しくないから、妥当な改変であろう。

 憎まれ役の死に方が変わっている。鷺十郎版では乱歩の「地獄風景」かそれともピタゴラスイッチかという奇天烈なものだったのが、もう少しまともな最期になっている。

 最大の違いが、クライマックスで佐七が場の主役を張っている事。こういう書き方をされてようやく、捕物帳としての形式が整った感がある。整ったのは表面的な形式だけで、深く複雑な真相を佐七がどうやって見抜いたのか、一切説明はないけどな。

●お次は佐七版のバージョン違いを確認する。「怪談五色猫」は、昭和二十六年に八興社から刊行された『蛇を使う女』に収録されている。ざっと眺めて気付いた違いは二点。旗本の弟の名前が、春陽文庫では隼人となっているが、こちらの版では玄蔵となっている。これは鷺十郎版と同じ名前である。

 もう一点は、結末で佐七が真相を語る相手が、春陽文庫では神崎甚五郎になっているのに対し、こちらの版では誰とも特定できない。他に細かな語句の異同はあるかもしれないが、この二点以外はほぼ春陽文庫版と同じ。余談だが、この本では目次の表記が「怪談五色女」になっている。不思議な誤植である。

●話はまだ終わらない。洋泉社の『横溝正史全小説案内』をぱらぱらやっていて、あれっと思った。不知火甚内シリーズの「比丘尼御前」が、「怪談五色猫」の改作なのだという。早速読み比べようとしたが、この辺りで時間切れ。この件は明日に持ち越すことにする。