●「横溝正史の『左門捕物帳』をちゃんと読む」プロジェクト。今回は第二話「風流女相撲」を読む。
発端は奇天烈で魅力的。女相撲の大関が、毒を盛られて、刺されて、手拭いで首を絞められて殺されたという。だがページ数の関係か、展開はなんともあっけない。子分の伝八が調べてきた結果を左門に報告する台詞で、関係者の過去から人間関係から、大部分の情報が一挙に語られる。
死体の状況から割り出した情報と提灯の入れ替わりとから、下手人の見当をつける左門の推理はちょっと興味深い。死体の情報は結末まで読者に示されないけれども、方向性はちゃんと推理小説なのである。
今回は、左門のライバルである穴山啓七という同心が登場する。巨大な鼻の持ち主で、通称ハナ啓。立ち位置は佐七でいうへのへの茂平次と同様で、何かと威張りちらす嫌われ者。先祖にあばたで有名な同心があって、左門の先祖右門と激しく張り合っていたというから、佐々木味津三の「むっつり右門」シリーズに登場するライバル、あばたの敬四郎のパロディであることは明らか。
ハナ啓の鼻の大きさを表現するのに、弓削の道鏡、シラノ・ド・ベルジュラック、はては「吾輩は猫である」の鼻子女史まで持ち出すあたり、正史の書きっぷりはノリノリである。この部分ばかりではなく、全般的に呑気でとぼけた味わいがあって楽しい。左門が朝っぱらからぐうたら昼寝しているのを伝八にとがめられ、その返答が「朝寝ていても昼寝とはこれいかに」などと気楽なもんである。人物設定がパロディであることも含め、どうやらこのシリーズ、ユーモアを基調にしているようだ。
●続いて改稿版人形佐七バージョンを読む。題名はそのままで、春陽文庫の『坊主斬り貞宗』に収録されている。
前半の構成は左門版と同じ。ただし、左門版で結末まで読者に伏せられていた手掛かりが早い段階で書かれているし、人間関係を暗示する手掛かりが追加されている。後半は佐七による真相解明シーンにまとまった分量が割かれており、駆け足で終わってしまう左門版に比べて、ずっと構成がしっかりしている。結末での関係者の扱いが多少変わっており、微妙な違いだがより人情咄色が強くなっていると言えそうだ。
ストーリーに直接関係ないが、目を引いたのが次に挙げる言葉の違い。女相撲の説明で、左門版では「現今のニキビ青年が、裸レヴイユーのかぶりつきに集まるがごとく」となっていたのが、佐七版では「現今のアプレ青年がストリップのかぶりつきにあつまるがごとく」と変えられている。
●さて次に、佐七版のバージョン違いを確認する。金鈴社の『浮世絵師』に収録されているものをざっと眺めると、春陽文庫版とほぼ同じであった。唯一気付いた違いは、死体を見分した医者の名前が、春陽版は良庵であるのに対し、金鈴社版は瓢庵である。水谷準の瓢庵先生を登場させるお遊びが、金鈴社版ではまだ生きているわけだ。ついでに、左門版では道庵という名前である。