●『XYZ 他十七編』 グリーン 春陽堂 読了。
昭和五年刊行の、探偵小説全集第二十一巻である。個人的には、訳者が横溝正史だというのが大きなポイント。「横溝本」の一冊という位置付けである。内容は、A・K・グリーン他四名のアンソロジー。
◆W・L・アルデン集
「ジョンストンの冒険」他四編を収録。ユーモア味のある綺譚といった内容が多い。「シュタインメッツ博士の時計」がお気に入り。博士が発明した、時間の速度を自由に変えることのできる時計をもらった主人公のてんやわんやを描く。「専売特許大統領」は、ちくま文庫の『乱歩の選んだベスト・ホラー』にも収録されているから、そっちで手軽に読めるだろう。
◆J・マッカリ集
地下鉄サムシリーズの五編を収録。ちょっとした落ちのある明朗コントといった趣。「サムと田舎者」の結末が面白い。
◆F・G・ハースト集
五編収録。「二つの部屋」はなんと、幼い頃読んだトリック紹介本の、(伏字)という犯行手段の元ネタではないか。これが、あれだったか、と驚いた。あとで調べてみると、乱歩の類別トリック集成にも記載があるようだ。トリック集成は読まないことにしているから、知らなかったよ。他の四編もすべて捻りの効いた内容で、ちょっと面白い。
ところでこのハーストについては興味深い点がある。どうやら架空の人物らしいのだ。新青年に掲載されたときは四人の異なる作家名義だった五作品が、本書に収録されるにあたってすべてハースト名義になったという。実際は、これら五作品は翻訳を装って横溝正史が創作した可能性があるそうな。ということは、だ。「二つの部屋」の(伏字)トリックは、正史が考案したことになるではないか。もっとも、正史の創作だという確証はないし、創作だったとしてもそれ以前の海外作品のネタを流用した可能性もある。あるいは、正史以外の単独もしくは複数人の創作だった可能性すらある。今となっては、すべてが藪の中である。
◆C・ドイル集
収録は「猶太の胸甲」の一編のみ。奇妙な事件を発端とする人情咄。それにしても巻頭口絵はネタバレなのでは……
◆A・K・グリーン集
中編を二編収録。「X・Y・Z」は、一応殺人が起きる。が、主眼は事件とその解決よりも、家庭内悲劇を描くことにあるようだ。人情咄の舞台脚本を読んでいるような気分になる。「七時から十二時まで」も似たようなもので、家庭内のいざこざを扱う大仰な人情咄。宝石盗難事件がテーマだが、ミステリ的興味は薄い。