累風庵閑日録

本と日常の徒然

十二匹の狐

●「横溝正史の『左門捕物帳』をちゃんと読む」プロジェクト。今回は第四話「十二匹の狐」を読む。

 芝居小屋で狐の装束で踊っていた十二人の子役達。その中の一人が短刀で突き殺された。ハナ啓が喚き散らし威張り散らし、たちまち下手人を縛ってしまったが、左門の推理は隠された真相を探り当てる。

 詳しくは書かないけれど、キーパーソンである子役の千代太郎と鯉之助の造形が、いまひとつ定まらないのが大きな突っ込みどころ。他にもいくつか突っ込みどころはある。けれど、ミステリ短編としての形は一応整っている。殺しにはちょっとした趣向があるし、左門がちゃんと推理をしているし。事件が意外な方向に発展するのも、ほほう、と思う。

●続いて改稿版人形佐七バージョンを読む。春陽文庫の『春宵とんとんとん』に収録されている、「狐の裁判」である。基本的な骨格は変わらないが、目立つ相違点が三つ。佐七が辰と豆六とに指示を出すことによって、ある偶然が排除されている。ある小道具に関する不自然さが書き改められている。事件の背景をなす人間関係が大幅に加筆されている。これらの改稿のおかげで、作品の完成度が高まっている。ただ、人間関係の加筆部分では正史のサービス精神が存分に発揮されており、薬味たっぷりのえげつない書きっぷりである。

●さらに、佐七版バージョン違いの確認として、金鈴社『松竹梅三人娘』に収録されている「狐の裁判」をざっと流し読みする。冒頭、佐七一家のところへ役者の女房お縫いが訪ねてくる場面は、春陽文庫版で一部加筆されていることが分かった。この部分は春陽版の方が、原型である左門版に近い味わいに戻っている。上の段落で書いた人間関係の描写は、金鈴社版ではずいぶんあっさり処理されている。描写が思い切って濃厚になるというのは、春陽文庫版でよくあることだ。