累風庵閑日録

本と日常の徒然

刺青師の娘

●午前中は野暮用。

●雑誌『小説幻冬 創刊号』 幻冬舎 を購入。かねてより存じ上げていたお方が、なんとミステリ作家としてプロデビューして、作品を発表しているのである。これは買わずばなるまい。

●「横溝正史の「左門捕物帳」をちゃんと読む」プロジェクト。今回は第五話「刺青師の娘」を読む。

 昔、男と駆け落ちして旅の空で亡くなった大店の娘。その忘れ形見を家に迎えようと探すと、なんと我こそは本人だと主張する者が二人現れた。証拠となる背中の彫物もそっくり同じ。店の隠居も当主もほとほと困り抜いている所へ、左門が解決に乗り出す。

 ミステリ小説の味わいは薄く、事件の真相も結末も、真相に至る流れもいかにも捕物帳らしい。人形佐七ものなんかによくある展開の、その「よくある」部分を集めて形にしたような。詳しくはないけど、講談なんかにもありそう。人死にはあるが、全体のトーンは不思議と明るい。自称忘れ形見の二人が互いにいがみ合う様が誇張して書かれてあるし、冒頭の髪結い床で街の若者達が駄弁っている様子がなんとも呑気である。

●続いて、改稿版人形佐七バージョンを読む。春陽文庫小倉百人一首』に収録されている、「彫物師の娘」である。

 基本的な内容は同じだが、人物と情景の描写が増えて丁寧になっており、そのおかげで味わいがぐっと人情咄寄りになっている。また、投げっぱなしだったある人物の不審な行動に説明が与えられている。冒頭の髪結い床の呑気なシーンが大幅に書き足されており、正史自身楽しんで書いたのではないかと思える。

 左門版でただ三馬とだけ書かれていたのが式亭三馬となり、ほとんど何の説明もなかった八犬伝についての解説も追加されている。ついでに書いておくと、八犬伝の解説に絡めて、佐七のデビュー事件「羽子板娘」の起きた年は文化十二年だと明記されている。

●さてお次は、佐七のバージョン違いの確認である。金鈴社『浮世絵師』に収録の「刺青師の娘」をざっと流し読みする。こちらも左門版よりは描写が増えているが、春陽文庫版ほどではない。いわば左門版と春陽文庫版との中間地点に位置する。