累風庵閑日録

本と日常の徒然

『芙蓉屋敷の秘密』 横溝正史 角川文庫

●倉敷旅行に持参してあまり読めなかった『芙蓉屋敷の秘密』 横溝正史 角川文庫 を、ようやく読了。

「富籤紳士」は、主人公並河三郎の生活ぶりが哀れで可笑しく情けなく、とほほほ、とでも言う他はない。
「舜吉の綱渡り」は、突拍子もない結末に唖然とする。
「三本の毛髪」は、犯人消失の真相も犯行の手段もかなり強引だが、不可能犯罪だというその点が嬉しい。名前にまつわる小ネタも面白い。二人の学生の、緊迫感漂う推理合戦の趣向って、もしかして乱歩の「D坂の殺人事件」の影響がありはしないか。

 さて、本書を手に取った主な目的は、中絶作「桐屋敷の殺人事件」と、表題作「芙蓉屋敷の秘密」との読み比べにある。皓星社『挿絵叢書 竹中英太郎(二) 推理』に、「芙蓉~」は「桐~」の完成形であるという説が載っていたので、自分の眼で確認したかったのだ。で、結論から言うとその説には素直に頷ける。まず、現場の状況や新井巡査の立ち位置が共通である。小道具としてのグラスや自分が殺したと主張する女など、すでに「桐~」の段階で、後に「芙蓉~」で使われた要素が作者の頭の中にあったことがうかがえる。

 それはそうと、「芙蓉屋敷の秘密」そのものは、戦前作品らしからぬかっちりした構成の犯人捜しミステリになっている。連載時は犯人当て懸賞企画だったそうで。ただ、書かれた状況だけから実際に犯人を推理するのはかなり難しそう。若き横溝正史がロジカルなミステリに挑んだ習作、というところか。