累風庵閑日録

本と日常の徒然

春姿七福神

●「横溝正史の「左門捕物帳」をちゃんと読む」プロジェクト。今回は第六話「春姿七福神」を読む。

 当時江戸で名が知られた七人を、七福神に見立てた錦絵が大評判。筆頭の大黒天になぞらえられたお大尽、大黒屋惣兵衛が、この趣向をいたく気に入った。そこで惣兵衛の肝煎りで他の六人を呼び集め、銘々に七福神の扮装をさせ、宝船を仕立てて吉原に繰り込もうという遊びが催された。その船中で、福禄寿に扮した太鼓持ち、櫻川三朝が毒殺される。

 ミステリ風味の濃さが面白い佳作。吸い物椀に毒を盛ることができた者は誰か、理詰めで追及する展開がありきたりの捕物帳らしからぬ。しかもその推理を、佐門のライバルのハナ啓がやるというのが、ちょっとした趣向である。もっとも、推理の中身はさして驚くようなロジックではない。捕物帳で推理らしい推理があるということ自体に意外な面白味があるわけで。また、事件発生のきっかけとなった、関係者の行動もちょっと面白い。椀の中に髪の毛が浮いていたので、気持ち悪くなってすり替えたという展開は、他の横溝作品にも見られる。

●さてこれから、この作品の二段階に渡る改稿を追ってゆく。まずは左門版の四年後に新聞に連載された、黒門町伝七捕物帳「宝船殺人事件」である。先日刊行された、論創社の『横溝正史探偵小説選IV』に収録されているので、読んでみる。

 大筋は左門版と同じだが、殺人未遂が一件追加され、種類の違う三種類の毒薬という趣向も追加されている。だが、残念ながらそれら追加部分があまり効果的に活かされていないようだ。

●お次は、伝七版のわずか二か月後に雑誌『別冊宝石』に発表された、人形佐七捕物帳「宝船殺人事件」である。

 伝七と子分の竹とが、佐七と辰とに変更されているだけで、内容はそっくり同じ。一字一句比較していないので厳密には分からないが、ほぼそのままテキストを流用しているのではと思えるほどである。校正が不十分だったようで、お玉が池に住んでいるはずの佐七が、黒門町からやって来たことになっている。

●さらに今度は、佐七版のバリエーションを確認する。春陽文庫『くらやみ婿』に収録されている、「春姿七福神」を読む。

 別冊宝石版との違いが多いので、以下箇条書きにする。
・のっけから、佐七お粂の夫婦がいちゃいちゃしているシーンが追加
・子分は辰のみ ⇒ 辰と豆六のコンビ
横網町に住んでいる本所の親分、海坊主の茂平次 
  ⇒ 浅草鳥越に住んでいる海坊主の茂平次
・茂平次の台詞「毒をしこむ時期」 
  ⇒ 「毒をしこむチャンス」(地の文ならともかく!)
・医者の瓢庵 ⇒ 良庵
さらに、第二の殺人に関する伏線や、殺人未遂事件に関する情報などが加筆されている。そのおかげで、伝七版以降に追加されたエピソードが整理され、事件全体の中に上手く取り込まれている。

 左門版ではまだ些細な脇筋でしかなかった要素が、伝七版で物語を覆うアイデアとして意識され、文庫版佐七に至ってより洗練されたものになっている。ただし、佐七初出版と文庫版との間のテキストは未確認なので、文庫版以前にすでに改変されていた可能性はある。