累風庵閑日録

本と日常の徒然

『疑惑の影』 J・D・カー ハヤカワ文庫

●『疑惑の影』 J・D・カー ハヤカワ文庫 読了。

 カーのある種の嗜好が色濃く表れた作品。その嗜好とは、犯罪実話、冒険活劇、歴史といった対象への傾倒であり、怪奇趣味である。作者のやりたかったことが、なかなか意欲的で面白い。真相を知ってから前半の展開を思い出すと、際どい状況設定に感心する。重要な伏線が早い段階でぬけぬけと書かれていたのも驚く。

 だが、どうも釈然としない点がひとつある。結末部分を読むと、(伏字)という事実が決定的なキーとなっている事が分かる。ところが前に戻ってそういう描写を探したけれども、とうとう見つけられなかった。どこかにたった一行そっと書かれていて、読み落とした可能性はあるけれども。実際後出しじゃんけんではなくて、そういう描写はあったのだろうか。