累風庵閑日録

本と日常の徒然

『真紅の輪』 E・ウォーレス 論創社

●『真紅の輪』 E・ウォーレス 論創社 読了

 名探偵が依頼人の様々な属性をたちどころに見抜いて仰天させる。ミステリでよくあるそんな場面を、時たま見かける言い回しを借りて表すなら、十分に発達した推理は超能力と見分けがつかない、ってな感じか。本書に出てくる探偵はそれどころではない。実際に超能力を使うのである。探偵が品物を手に取っただけで、持ち主の情報がいろいろと判るのだ。サイコメトリーというんだそうな。こうなるともう、推理もロジックもあったもんじゃない。なにしろ「判ってしまう」のだからして。

 メインテーマは犯罪組織「クリムゾン・サークル」と戦う探偵デリックとパー警部の活躍である。ただ、単純な怪盗対探偵という図式ではない。悪党マールの暗躍、泥棒タリアの思惑、そしてタリアに惚れてしまった良家のお坊ちゃんジャックの恋の葛藤なんぞが絡んでくる。

 中心となる謎は、組織のボスの正体は誰か、というもの。その他にも、密室殺人、(伏字)殺人など、ミステリ的趣向がふんだんに盛り込まれている。詰めが甘かったりバレバレだったりする部分もあるけれど、決してただの読み捨てスリラーではない。上記の超能力に関する物足りなさも、最終的には解消される。なかなかの快作である。

 作品の内容とは関係ないが、もうひとつ。横溝正史ファンとしては、巻末解説の記述は見逃せない。「迷路荘の惨劇」で使われたあるトリックは、ウォーレスが元ネタだというのだ。生憎、対象の本は持っていない。探してみてもいいが、どうやら抄訳のようなので、ここはいっそ論創社さんに完訳で出していただきたいものである。先日読んだ『淑女怪盗ジェーンの冒険』もそうだが、エドガー・ウォーレスって意外なほど面白い。もっと読みたいと思う。