累風庵閑日録

本と日常の徒然

朧月千両異聞

●「横溝正史の「左門捕物帳」をちゃんと読む」プロジェクト。今回は第七話で最終話、「朧月千両異聞」を読む。

 まずは準備として、原型版である紫甚左もの「富籤五人組」を読む。昭和十六年に今日の問題社から出た『紫甚左捕物帳』に収録されている。

 宴席の座興として富籤を買ったお大尽。もし当たったら当選金はその場にいる五人で山分けと決めた。さらに、途中で誰か死んだらその取り分を生き残りで分けるという決め事までしてしまう。さて富突きの日がやってきて、買った籤がなんと千両に当たったのはいいが、当選金を山分けにするはずの五人組のうち、三人までもが続けざまに殺されてしまった。

 現実の事件と狂言の内容とがシンクロする趣向は面白いが、せっかくの富籤の設定があまり活かされていないのがちと心細い。推理の要素に乏しく、主人公の同心紫甚左は当て推量で真相に到達する。捕物の主人公というよりは、読者に真相を提示するナレーターの役割を果たしているのである。

●さて続いて左門版「朧月千両異聞」を読む。内容は甚左版と同じ。多少の語句の違いの他は、主人公とその子分と、そしてライバルの名前が変えられているだけである。

●お次は人形佐七ものに改稿された、「悪魔の富籤」を読む。出版芸術社の『江戸名所図絵』に収録されている。

 情報提示の段取りが整理されて格段にすっきりしている。富籤の趣向がちゃんと活かされている。犯人が変更されて、ミステリ的な意外性も用意されている。ここまで改変されるとこれはもう、佐門版「朧月千両異聞」の改稿というよりは、左門版を原案として新たに想を練り直した新作と言っていいだろう。

●これで左門捕物帳の全七話を読み終え、プロジェクトが完結した。最後にごく大雑把に、左門版から佐七版への改稿の度合いと、その内容とを振り返っておく。

・基本的な骨格は変わらないが、伏線や人物描写の追加、あるいは解決に至る段取りの増加などの改変が施されて、より洗練された作品が四編。
・元から完成度が高く、人物名の変更と佐七一家のホームコメディが追加された以外、ほぼ改変されていない作品が一編。
・犯人は同じだが、ちょっとしたサイドストーリーだったアイデアが全体を覆う趣向に発展して、深みが増した作品が一編。
・犯人が変更されて別の事件になってしまっている作品が一編。
といった塩梅である。

●左門関連を午前中に読み終わったので、午後からはクリスティーの長編を読み始める。