累風庵閑日録

本と日常の徒然

からくり御殿

●今年の横溝プロジェクト「横溝正史の「不知火捕物双紙」をちゃんと読む」を発足させる。「不知火捕物双紙」とは、昭和十二年に『講談雑誌』に連載された、全八編の捕物シリーズである。

 ところでのっけからずっこけるが、このプロジェクトは完結できないことが最初から分かっている。最終第八話「清姫の帯」のテキストを入手できていないのだ。いつか必ず読めるようになると思いたいところだが、それを待っているといつ取り掛かれるか分からない。とりあえず第七話までを月イチで通読し、改稿版佐七バージョンと読み比べてみることにする。

 さて今回は第一話「からくり御殿」である。初めての捕物連載で正史の意気込みもあったのか、とにかく分かりやすく面白く、という文章の勢いがかなりなものである。現代語カタカナ語を散りばめ、時事ネタを出し、ちょいちょいくすぐりを入れる文章は、何やら異様な躁状態にある。

 主人公不知火甚左は旗本で、とって三十二歳という男盛り。ところが何を思ったか、自ら病気を言い立てて御役御免を願い出、釣り三昧にその日その日を過ごしている。姿形は眉目秀麗で、とんと役者のよう。武芸十八般に秀で、和漢の学問に通じ、さらには忍術も修めていようというのだからすさまじい。役に就かずにいる動機も、最初に事件に首を突っ込む動機も、なんら語られず内面的な人物描写はほとんどない。要するに、「完全無欠なスーパーヒーロー」という記号なのである。

 取り組む事件がまた大掛かりなもので。捕物小説の定型から大きく外れ、さながら戦後のお役者文七や、「不知火奉行」といった作品に通じる味わい。その道具立ては、葛籠に詰め込まれた若い女の刺殺体。血とベンガラとで赤く塗られた、天下御法度の調伏絵馬。いかがわしい噂のある新興宗教。先代将軍の御寵姫も関わり、町方がうかつに手を出せない大疑獄。甚左は奉行の遠山左衛門尉に頼まれ、得意の忍術を活かして宗教の本山へと忍び込む。燕の伊之助という凶状持ちがバイプレイヤーとして活躍するのも、いかにも時代娯楽活劇らしい。

●続いて、改稿版人形佐七バージョンを読む。出版芸術社『幽霊山伏』に収録されており、題名は同じである。骨格は基本的に変わらない。つまり、佐七が敵の組織に潜入する諜報部員のような活躍をするわけで、その点がちょっと面白い。また、饒舌な文章が整理され、やけにすっきりと簡潔になっているのにはちと驚いた。旧作が佐七に改稿されるにあたっては、情報や場面を増やしてページ数が増えるのがお決まりなのだが、本作のように書き縮められるパターンは珍しい。

 不知火甚佐の腰巾着として、「さん候」が口癖の候兵衛という人物がいる。それをそのまま佐七版に書き換えたので、登場する子分は辰だけである。ところが最後にホンのお印だけ豆六が顔を出すのは、正史の愛着の表れか。

●最後に佐七版のバージョン違いの確認として、昭和二十七年刊の春陽堂『新編 人形佐七捕物帖』に収録されたテキストをざっと流し読みしてみる。結論として、出版芸術社版との違いはないようだ。