●今読んでいるミステリアンソロジーがなかなかしんどい。もう疲れたのでここでいったん休止する。今日はその代りに、「横溝正史の「不知火捕物双紙」をちゃんと読む」プロジェクトの第三回をやる。「身代わり千之丞」を読むのだ。
そのころ評判の役者千之丞、振るいつきたいくらいのいい男。彼が舞台に立っていると突然取り方が大勢現れ、千之丞が実は島抜けの罪人むささび(原文は漢字)の半次だとして、召し取りにかかった。驚いた千之丞、懸命に否定しても聞き入れられないことから、ついに脇差しを抜いて大立ち回り、血路を開いて逃亡した。
逃げた千之丞に出会した大道易者の梅花堂千春、匿うと見せた隙に千之丞の脾腹を突いて気絶させ、何処かへ運び去ってしまった。
舞台変わって不知火の殿様の屋敷。相談があるとてさん候の候兵衛が連れてきたのが、千之丞と言い交わしたお品という女。彼女が言うには、千之丞の右腕には桜の短冊が彫ってあるが、どうやらむささびの半次の右腕にも同じ彫り物があるらしい。
題名通り身代わりにまつわる伝奇譚である。このあとちょいとスケールが大きくなるが、真相はかなり強引。また、(伏せ字)なんて、おいおいそりゃないだろ、とツッコミたくなる点もある。事件は甚左のとある知識によってあっさり解決し、推理の要素はほぼゼロ。佐七シリーズはともかく、この不知火シリーズでは、正史は時代ミステリを書く意識はなかったのではないかと思ってしまう。
目を引いたのが、またもや燕の伊之助を登場させて、密偵として使っている点。不知火捕物双紙の子分役って、候兵衛だけじゃなかったのか。そしてやっぱり、本編も「御府内太平記」を題材にしているという体裁である。
●続いて改稿版人形佐七バージョンを読む。題名は同じで、春陽文庫『緋牡丹狂女』に収録されている。
骨格は同じだが、改稿によって大幅に出来がよくなっている。まず、上記で伏字にしたツッコミどころが解消されている。奉行所の過去の調書から、関係者の行動を抜き出して時系列で一覧にし、そこから真相を見抜く佐七。この辺りの描写は、甚左版よりもよほどミステリ色が強くなっている。強引な真相にも、一応の理由付けがされている。梅花堂の設定が変更され、それにともなって彼女の行動に説得力が増している。後半にエピソードが追加されることで、事件の全体像が多少なりとも自然になっている。
ただ、もともと町方が関わるには無理のある事件だったので、そこに佐七を関わらせるために、これはこれでかなり強引な展開にしてしまっているけれど。もうひとつ。一見円満解決のようだが、(伏字)なんて、それは円満とは言えんだろう、と思う。
●さらに、佐七版のバージョン違いを確認する。昭和二十六年の同光社『新編人形佐七捕物帳』に収録されているバージョンを、ざっと流し読みする。文庫版では、冒頭に千之丞を召し取りに出向くのは海坊主の茂平次だが、こちらでは黒門町の彌吉という人物である。その他の違いは見当たらなかった。