累風庵閑日録

本と日常の徒然

笛を吹く浪人

●「横溝正史の「不知火捕物双紙」をちゃんと読む」プロジェクト、第五回目は「笛を吹く浪人」を読む。

 若侍鵜飼弦次郎は、近頃やきもき。旗本の娘である許嫁の奈津女(なつめ)が、婚約破棄を言い出したばかりか、逢いに行っても几帳の陰に隠れて顔さえ見せてはくれぬ。しかも奇怪なことに、奈津女が閉じこもっている屋敷の周囲を、年配の浪人が笛を吹きながら毎日のように歩き回っているという。

 奈津女の煮え切らぬ態度にじれったくなった弦次郎、無理にでも顔を見てやろうと几帳の向こうに飛び込んだが、なんと奈津女は水色の頭巾で顔を覆っているではないか。頭巾をはぎ取られたら自害するというのを無理強いもできず、すごすごと屋敷を立ち去る弦次郎。そこで出くわしたのが、どうやら屋敷の周囲を歩き回っている謎の浪人で。弦次郎が浪人の被っていた編笠を無理に奪い取ると、これまた水色の頭巾で顔を覆っている。

 捕物小説というよりはむしろ、奇怪な題材を散りばめた伝奇小説である。主人公であるはずの不知火甚左は、ほとんど何もしていない。小説中の役割は、事件が勝手に収束した現場に弦次郎を伴って現れ、真相を見届けるというだけ。残り三話で連載が終わってしまうわけだが、このまま伝奇調でいくのかそれとも捕物小説に復帰するのか、先が気になるところである。

●続いて改稿版人形佐七バージョンを読む。題名は変わらず、出版芸術社の『幽霊山伏』に収録されている。読んでみると内容どころか文章がほとんど同じで、主人公を入れ替えただけであった。結末部分で、関係者のその後に関する記述がわずかに異なっているけれども。

 次に、佐七版のバリエーション確認のため、他の収録本を手に取る。春陽文庫の全二巻本から『雪女郎』、春陽堂の単行本『新編 人形佐七捕物帖』、杉山書店の『狸御殿』である。ただ、この作品は十四巻本の春陽文庫に収録されておらず、その時点でもう改稿の可能性は低い。なので、本当にごく大雑把にざっと流しただけで見落としの可能性はあるが、まあ、たぶん、どれも変わりはなさそうである。