累風庵閑日録

本と日常の徒然

『池田大助捕物帳』 野村胡堂 広済堂出版

●ちょっと読み残していた『池田大助捕物帳』 野村胡堂 広済堂出版 を、ようやく読了。

 由緒正しい大衆娯楽時代小説。私の嫌いな人情咄臭がちょいちょい漂って興醒めする。主人公池田大助がまじめで品行方正で人間味が薄く、平次とがらっ八の掛け合いのような面白味に欠ける。

 漏れ出てくる価値観が妙に堅苦しく、白々しく、爺臭い。たとえば正しいのは、清廉、勤勉、信頼、素直さ、思いやり、親孝行といったもの。人間誰もが持っている弱さや欠点は、胡堂先生どうやらお嫌いのようで。憂世を生き抜くための処世術や打算といったものも嫌い。若い娘は若いというそれだけで正しい。その一方で、若い男に対してはやけに辛辣である。最近の若い者はけしからんとでも思っているんじゃないのか。読んでいるとその辺りの主義主張が鼻について鬱陶しくなって、なかなか一気には通読できない。

 が、読み所はある。銭形平次を読んだ時にも感じたことだが、この作者の書く捕物小説は、意外なほどミステリ風味が濃いのだ。些細な会話から相手の正体を見抜いたり、手掛かりから理詰めで判断したりの場面が、ちょいちょい出てくる。死体を触って冷たかったからといって死亡推定時刻の幅を狭め、容疑者のアリバイと照らし合わせたりもする。もっとも、大体が他愛のないネタだけれども。

 秀逸だったのは以下のような作品。トリッキーな犯罪小説「呪いの手紙」、容疑者が不可解な移動をする不可能犯罪もの「長屋の秘密」、凶器の隠し場所ネタが面白い「唄比丘尼」、衆人環視の状況での紛失物ネタ「古証文」など。

 最も長い「お通の恋人」が、最も読み応えがあった。様々な細工を弄して疑いを逃れようとする犯人像が強烈で、サイコスリラーめいた味わいもある。心理的な手掛かりから犯人に迫る、池田大助の推理も面白い。サスペンスに富んだ佳作である。