累風庵閑日録

本と日常の徒然

花嫁殺人魔

●今月から新規の横溝関連プロジェクトとして、「人形佐七映画のシナリオを読む」を始める。手元に四冊あるシナリオを、原作と読み比べてみる趣向である。さらに、たった四冊ではちと物足りないので、早稲田の演劇博物館に所蔵されているシナリオも、読み比べの対象とする。今までのプロジェクトは部屋にこもってやっていたが、今回は街に出るのだ。なお原作は、少しでも初出に近い古いバージョンを選ぶことにする。春陽文庫版は改稿されている可能性が高いので、原作とシナリオとの比較という観点では、古いバージョンの方が望ましいという判断である。

 というのが年初の構想であった。だが、ここで思いがけない障害が発生。なんと演劇博物館が、来年三月まで長期休館するというのだ。あららら……
やむをえないので、このプロジェクトは四回まででいったん中断することを前提に始めることにする。

●まず準備として、創元推理倶楽部秋田分科会編『定本 人形佐七読本』を参考に、映画と原作との関係を整理しておく。カッコ内が原作の題名である。カッコがないものは原作不明で、オリジナルストーリーか。

まずは手持ちのシナリオ
・花嫁殺人魔(地獄の花嫁)
・腰元刺青死美人(女刺青師)
・鮮血の乳房(やまぶき薬師)
・裸姫と謎の熊男(雪女郎)

次にそれ以外
・羽子板の謎(羽子板娘)
・通り魔(通り魔?)
・めくら狼
・妖艶六死美人(風流六歌仙
・大江戸の丑満刻
浮世風呂の死美人(まぼろし役者)
・般若の面(風流六歌仙
・くらやみ坂の死美人(蝙蝠屋敷)
・血染めの肌着(からくり御殿)
・ふり袖屋敷
・恐怖の通り魔
・闇に笑う鉄仮面
このうち演劇博物館に所蔵されているものをピックアップしようとしたら、蔵書検索にアクセスできなかった。ネット環境のせいか、そもそも検索が機能停止しているのか。

●さて、いろいろずっこけているが、プロジェクト第一回として「花嫁殺人魔」を手に取ることにする。でもまずは原作の、「地獄の花嫁」を先に読む。昭和四十四年金鈴社刊の『松竹梅三人娘』に収録されている。

 鯔の腹から出てきた、女持ちの紙入。そこからなんと殺人計画を記した手紙が出てきたと、読み売りに書かれて大評判。その手紙は肝心なところが水に濡れて墨がぼやけ、計画者の名前も決行のタイミングも、曖昧にしか分からないという。もどかしい思いでいた佐七だが、ある夜ついにそれらしい事件にでくわす。

 首のない死体も出てくる、トリッキーな佳編である。キーパーソンの嫉妬と不信と、つまりは心の狭さ故に、首謀者の狡猾な悪だくみにうかうかと乗せられて悲劇が生じる。

●続いてシナリオ「花嫁殺人魔」を読む。昭和三十二年、新東宝制作で、佐七役は若山富三郎だそうな。

 中盤までの骨格は原作と同じ。だが、途中から意外な転調を見せる。転調の存在そのものが意外なのであって、捻った先はありがちな内容ではあるが。でも考えてみると、こうでもしないと最後に捕物アクションを盛り込むのは難しかろう。そして大衆向け娯楽映画ならば、アクションシーンは必須である。

 以下、主な相違点を挙げておく。
◆原作ではまず事件が起きて、そこからだんだんと背景事情が判明してくるのだが、シナリオでは早々に背景が明らかになる。この改変によって、この先何が起きるのか、という興味が失われている。分かりやすさを重視したか。
◆原作にはなかった、卍組という盗賊団の跳梁が描かれる。アクションシーンのためには、必要な改変だったのだろう。
◆ある主要人物の扱いが、ずいぶん軽くなっている。設定としてはシナリオの方が自然だと思うが、原作で描かれる揺れ動く心情がばっさり捨てられている。
◆佐七の敵役:海坊主の茂平次 ⇒ 鬼瓦宗兵衛
その他、人名、人物設定、物語の展開にそれぞれ改変が見られる。

●こうやってシナリオを読んでみると、実際に映画「花嫁殺人魔」を観たくなった。でもDVDにはなっていないようで、残念。