累風庵閑日録

本と日常の徒然

腰元刺青死美人

●横溝関連プロジェクト「人形佐七映画のシナリオを読む」の第二回は、新東宝で昭和三十三年に作られた「腰元刺青死美人」と、原作の「女刺青師」とを読むことにする。

●まずは原作を読む。今回手に取ったのは、昭和二十八年に同光社から出た『新作捕物選 人形佐七捕物文庫』である。

 料亭の見晴らし台から転落死した深川芸者の小雪。彼女と人気を張り合って双璧と謳われたお瀧。どちらの背中にも、女刺青師お蝶が彫った見事な刺青がある。当初は単なる事故と思われていた小雪の死だが、その死体が何者かに盗まれて、事件は不穏な色彩を帯びてくる。さらに後日、これもお蝶の手になる刺青を背負った茶屋の看板娘が殺されるに及んで、お蝶に刺青を彫らせた女は殺されるという噂がぱっと世間に広まって、さあ大変。そのうちとうとう、お瀧までもが何者かに襲撃され、危うく命を取り留める事件が発生する。

 何人もの人間達の思惑が複雑に絡み合って……と言いたいところだが、複数の筋がさほど密接に関係することなく並行して進んでいる。刺青に対するフェティシズムが扱われているが、その題材を十分に活かしているとは言い難い。終盤は駆け足だし結末はあっけない。どうもいまひとつ、物足りない。ただ、事件のメインとなるアイデアは某海外長編でも使われたネタで、その点だけはおおっ、と思った。

●続いてシナリオ「腰元刺青死美人」を読む。原作の基本設定や主要登場人物を上手く活用し、エピソードを流用して、それらに巧みな改変を施すことでシナリオ独自のテーマを導入している。この改変具合がなかなかお見事。例えば原作では、ある殿様が腰元達に刺青を彫らせたことがひとつの発端となっているのだが、それはあくまでも数寄心のなせる業であった。ところがシナリオの冒頭では、腰元達の刺青に絡んでなにやら政治的陰謀の存在が暗示される。これが終盤のアクションシーンにつながるわけだ。また原作にはない暗号ネタが盛り込まれており、これが結構凝った内容になっている点にも感心する。

 説明不足の点がちょいちょいあるのが残念なところだけども、実際に映画を観た人のブログやなんかをネットで読んでみると、完成した映画ではそれなりに説明されているらしい。それにどうやら、暗号の内容もシナリオとは異なっているようだ。全体の相違点が気になるところで、前回の「花嫁殺人魔」同様、やっぱり映画を観てみたくなる。