累風庵閑日録

本と日常の徒然

「灰色の魔術師」 H・ランドン

●H・ランドン「灰色の魔術師」を読んだ。昭和十年に、雑誌『新青年』に六回に分けて訳載された作品である。これでようやく、二年越しの宿題を終えることができた。

 舞台はニューヨーク郊外の陰鬱な屋敷。密室状態の「夢殿」で、屋敷の主人が殺された。凶器は、主人の収集品である南米の毒矢。死体には、これも蒐集品の、マヤ族の女王の骸骨が覆い被さっていた。自らの一族を滅ぼした白人に、マヤの女王が復讐したのだろうか。とまあ、なかなか賑やかな道具立てである。

 どうやら犯人は、名立たる怪盗「灰色の魔術師」らしい。決して人を殺さないはずのあの怪盗が、とうとう殺人を! このニュースを聞いて誰よりも憤ったのが、他ならぬ灰色の魔術師本人である。人を殺さないことが看板の俺様に、あろうことか殺人の濡れ衣を着せるとはけしからん。誇りを傷つけられた魔術師は、必ずや真犯人を探し出してみせると、決然と立ち上がった。

 ストーリーの起伏で読ませる怪盗系サスペンス。密室の謎なんざ、てんで他愛ない。その辺りに重点を置いていないのだろう。後半になると、スケールの大きな宝捜しをからめた、怪盗対悪党の闘争劇へと発展する。

 ところで、今まで何作か読んだランドンは、テンポが鈍くまどろっこしい作風だった。ところがこの作品は、やけに軽快である。おそらく、抄訳であることが軽快さの一因ではなかろうか。第一回の後半に訳者が登場して述べる口上に、刑事の取り調べのシーンは退屈だから、「さればこの一篇の譯者は、なるべく簡単にこの一節を紹介するつもりである」だそうで。

●この作品のミソは、横溝正史が翻訳を手掛けたということ。これもまた「横溝文献」なのである。そればかりか、七星館、オリオンの三姉妹といった名称が、横溝ジュブナイルの「金色の魔術師」にも出てくる。また、「金色~」で扱われる宝の地図の発想は、「灰色~」と共通である。構成要素はだいぶ異なるけれども。

 さらに「灰色~」には、舞台に設置された巨大な黒百合の模型から人が現れるシーンがある。「金色~」には、舞台に設置された巨大なチューリップの模型から人が現れるシーンがある。ついでに、どちらの作品もトランプが小道具に使われている。

 こうやって見ていくと、横溝正史の「金色の魔術師」は、その発想の少なくとも一部分は「灰色の魔術師」が基になっているようだ。