累風庵閑日録

本と日常の徒然

『いきどまり鉄道の旅』 北尾トロ 河出文庫

●『いきどまり鉄道の旅』 北尾トロ 河出文庫 読了。

 その先がない終着駅に行ってみるというテーマは、あまり盛り上がりを期待できない。それは読む前から想像がついていた。読み所としては、同行する写真担当氏との掛け合いを主体に、弥次喜多風の二人旅……になるかと思えばそうではなく。どうやら笑う所らしい記述が、あまりピンとこない。かといって、終着駅の寂寥と悲哀とを詠って叙情に流れるでもなし。序盤はどうも低調であった。ところが、しばらく読んでいると文章のリズムに慣れたのか、二人の会話がだんだんと面白くなってきた。いったん呼吸を掴めると、なかなか軽快である。全体として、終始平熱の旅行記を楽しく読めた。

 それに実はこの本、内容そのもの以外の要素で、やけに面白いのだ。私の個人的な経験を踏まえた、他人様とは共有できない面白さである。登場する路線は全て乗ったことがあるので、読んでいるとその場所を訪れた当時の記憶が呼び覚まされる。たとえば伊勢奥津の、繁栄の歴史と現在の衰退とが同居しているような街の佇まいを思い出して、ぐっとくる。思えばあの頃は(以下、自分語りになってしまうのでばっさり省略)